野外彫刻美術館


■作品番号:NDS98S-e2401
分類1
分類2
分類3
市町村
設置場所
設置者
タイトル
作者
設置年月日
着衣
一人
福山市
不明
不明
不明
不明
不明

写真nds98s-e2401 題:森下
   
           
場所:広島県福山市鞆町
この人は昔薬を作り出した人であり鞆では有名な人です。私も薬を飲むけど、この人はすごい人だと私は思う。この人のことをもっと知りたいと思う。その時代ではすごい人なのだと感じた。



■作品番号:NDS98S-e2402
分類1
分類2
分類3
市町村
設置場所
設置者
タイトル
作者
設置年月日
人物
混性
母子
岡山市
公園
不明
不明
不明

写真nds98s-e2402 題:二宮尊徳
   
            
場所:広島県福山市鞆町小学校
1789−1856江戸後期の農村家。通称金次郎。天明七(1787)年七月ニ十三日、 相模国足柄上郡柏山村(小田原市)に生まれる。尊徳の思想は、天道と人道の区別し、天道とは自然の法に従うものであり、人道は作為の道であるから、ときによって変更するものとする。風が吹き雨が降り、また動物が風雨に打たれ草を食い木の実を拾うのは天理自然の道であるが、居室をつくって風雨をしのぎ、衣服を紡いで寒暑を紡ぐのは人道である。すなわち人道は天然自然に放置しておけば、田畑には草が生え、人は私利私欲に走る。 それを、制するのが人道である。本能や欲望が天道であって、それを制するのが人道と する。しかし、天道と人道とは相反するものではなく、両者が相利して生産も行われると する。これは彼が農業実践のなかにおいて得た思想である。彼の勤労観の特徴とされる 勤倹貯蓄については、「分度」という語でといている。




■作品番号:NDS98S-e2403
分類1
分類2
分類3
市町村
設置場所
設置者
タイトル
作者
設置年月日
人物
混性
母子
岡山市
公園
不明
不明
不明

写真nds98s-e2403 題:飛躍
   
            
場所:広島県沼隈郡沼隈町千年小学校
この銅像は、千年小学校の体育館の前にある。これは、20年ほど前に作られたらしい。 新しい世界へ飛び出すという気持ちがこめられている。




■作品番号:NDS98S-e2404
分類1
分類2
分類3
市町村
設置場所
設置者
タイトル
作者
設置年月日
人物
混性
母子
岡山市
公園
不明
不明
不明

写真nds98s-e2404 題:兎と少年
   
           
場所:広島県沼隈郡沼隈町山南小学校
沼隈町にある山南小学校の卒業記念に作られたものです。兎と少年は物語となっていて 多くの人に知られており有名なひとつである。私はこの物語をあまりよく知らないけど いい像だと思う。この像は少年が兎を大切に抱いている像である。兎というのは、昔から かよわいものとされている。私も小さい頃かっていた。可愛いけど鋭い歯を持つていて、 噛まれると人の歯をもきってしまう。冬になると、兎の白さはいちだんと明るくなり目の 赤さがまたいちだんと赤くみえる。少年はその兎がきれいでかわいくてしかたがなかった のだとおもった。




■作品番号:NDS98S-e2405
分類1
分類2
分類3
市町村
設置場所
設置者
タイトル
作者
設置年月日
人物
混性
母子
岡山市
公園
不明
不明
不明

写真nds98s-e2405 題:親鸞聖人御像
場所:広島県鞆町神社前
E組24番  高橋 美和 題: この像は、古くから町の人々に知られていてとても有名である。 私は、この像の名前を見て親鸞と浄土真宗について調べることにした。 法然の説いた他力本願の教えをさらに進めていったのが、弟子の親鸞である。 法然が配流されたとき、親鸞も越後(新潟県)に流され、その後許されて常陸(茨城県) 稲田に移り、約20年ここにとどまった。この間、戒律をやぶって肉食妻帯して僧でも 俗人でもある立場で修行するかたわら、東国の武士や農民に教えを説き、承久の乱 (1221年)前後に浄土真宗(一向宗とも言う)と言う新しい宗派を開いた。 親鸞の考え方は{歎異しょう(弟子の唯円がまとめた親鸞の語録)}に「善人なをもて往生をとぐ、いはんや悪人をや」とあるように、悪人正機説に代表されている。彼という 「悪人」とは、自分の悪深く無力なことを自覚し、阿弥陀仏にすがる心をいだいた人を いい、そういう人間を救うこいこそ阿弥陀仏の本願であるから、信心さえすれば往生 できるのだ、と親鸞は説いた。親鸞の教えはとくに武士や農民の間に広まり、次の室町 時代には一向一揆を起こすほどの力をもった。なお、親鸞には「教行信証」という著者 がのこされている。 場所:



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