野外彫刻レポート



■作品番号:01

分類1
分類2
分類3
市町村
場所
設置者
タイトル
作者
設置年
人物
男性
着衣
少年
玉野市
玉野レクレセンター前
玉野ロータリークラブ
飛躍
不明
1988年


設置環境
玉野レクレーセンター前の駐車場にあります。このセンターはスポーツなど行える町の体育館です。またジムもあり、主に運動をするセンターとなっています。
作品の説明及び分析
この像は2人の少年がうまとびをして飛んでいる様子です。タイトルでもある通りこの飛躍は私の地元である玉野市が飛躍的で活発な町をつくり暮らそうという願望によってできた作品だと思われます。写真では見られないと思いますが、下のうまになっている少年は歯をくいしばり頑張っている様子です。この像の背景には青空があり、とても晴れ晴れとした潔さを感じます。もっと玉野市が飛躍的で活発な町になるように願いたいものです。


■作品番号:02

分類1
分類2
分類3
市町村
場所
設置者
タイトル
作者
設置年
人物
男性
少年
岡山市
旭川
岡山旭ライオンズクラブ
少年-遠望-小林照尚
平成元年

設置環境
旭川手前の道路沿いにあります。この像は位置的には比較的見やすく人通りが多いところにある。
作品の説明及び分析
この少年は裸で石の上に座りずーっと遠くを見ています。その表情はとても悲しそうでした。雨のせいだとはおもいますが目から頬をつたって涙のあとのようなものがあります。まるで泣いているかのようです。この子は一体なにがあったのでしょうか。家族と生き別れたのでしょうか。そしてなぜそんなに遠くをみつめているのでしょうか。またなぜ衣服を着ていないのでしょうか。この像にたいしては、謎ばかりでよくわかりません…。



■作品番号:03

分類1
分類2
分類3
市町村
場所
設置者
タイトル
作者
設置年
人物
男性 女性
成人
岡山市
旭川
岡山旭ライオンズクラブ
家族
重岡建治
昭和63年

設置環境
旭川沿いにある。道がきれいでよく犬の散歩やお年寄りの方が歩いている。夕方など涼しい時間に人が多い。
作品の説明及び分析
この像は顔の表情、手足、体の形がはっきりとしていません。けれども夫婦と思われる女性と男性がいます。右の男性の足の横には男性と手をつないだ子どもが1人います。そして写真では見えないとおもうけれど、2人の足と足がくっついているちょうど真ん中に丸いものがあります。そこには子ども、もしくは赤ちゃんのにっこり笑った表情だけが刻まれています。ここから人間の誕生をかんじますね。この像が訴えることとは、切っても切れない家族という厚い絆があり、家族とは自分たちにとって必要でかけがいのないものであるということなのでしょう。



■作品番号:04

分類1
分類2
分類3
市町村
場所
設置者
タイトル
作者
設置年
人物
女性と子
母子
岡山市
図書館敷地内
不明
草屋大蔵
昭和60

設置環境
緑道公園のすぐ側の図書館にある。前は内三下にあったが工事のため今の場所に移動。
作品の説明及び分析
この像には「やわらぎ ゆっくりととけあう 母と子の間の温かい火のように めぐりあう心と心をあえかに暖めあおう」とかかれていました。母が子を片手で抱き大空へともう片方の手をさし伸ばしています。なんだかとても力強い印象をあたえられました。母子ともに裸でした。なぜ裸なのかは分かりませんが、でももしこの像が衣服を着ていたらどうでしょう。私ならきっとこの女性に対して始め感じた力強さをかんじなかったでしょう。この像からお互いにお互いを必要としあう、親子愛を感じました。母のぬくもりは何にも置き換えられない温かいものなんだと思いました。



■作品番号:05

分類1
分類2
分類3
市町村
場所
設置者
タイトル
作者
設置年
人物 動物
女性 鳥類
着衣
成人
岡山市
西川緑道公園
岡山市
平和の像
岡本錦明
昭和29年

設置環境
緑道公園沿いにいくつかあるぞうの一つ。緑に囲まれたところにある。
作品の説明及び分析
この像はとても高いです。見上げるほど高く、ずーっとみていると自分はなんて幸せなのだろう。と感じてしまいました。この像には「この像は郷土の香り高い文化を象徴すると、ともに空襲富時の惨禍を回想して再び戦争の不幸を繰り返さないよう世界恒久な平和と郷土永遠の幸福を希う心の道標として建設したものである。どうか往く人も還る人も均しくこの像を親しみ仰ぎ常にほのぼのとした愛の心を寄せられんことを」と書かれています。戦争当時、この像のすぐ側に川があり空襲の度に皆そこに逃げ込んだそうです。そこで生きる人もいればそこで死ぬ人もいました。なんて残酷なのでしょうか…。  この像はその人たちの追悼を含め平和な未来への希望を鳥にたくして大空へとはばたかせようという様子だと推測できます。今知っている戦争の怖さほどの怖さ、恐ろしさを改めて知り、ショックを受けたと同時に、これからのへいわな未来は私たちがつくっていかなければいけないと自覚させられました。