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論文:実際に“触れること”が科学的思考を育てる

特集◎『体験』活動と理科学習

[資質・能力を育てる科学的な体験・自然体験-高等学校]

実際に“触れること”が科学的思考を育てる

秋山繁治

はじめに

1989年から小型サンショウウオを飼育し始めてちょうど20年になる。生物教室に同僚が水田に流れ込む溜りで採取したというバナナ状の得体のしれない卵嚢を持ち込んできた。孵化した幼生は、カエルのオタマジャクシの形ではなく、外鰓をもった魚のような形をしていた。湧水近くの溜りに産卵する止水性のカスミサンショウウオであった。当時の私は、ハチやヘビに出会うのが嫌で、水田や山を歩くことが好きではなく、両生類も苦手だった。しかしながら、発生の観察を続けているうちに苦手意識は消えていった。変態して上陸してから2年目に産卵させることができた。しかし、残念ながら、その時の卵は正常に発生しなかった。それ以降、飼育下で正常に受精卵を得ることが私自身の研究のテーマになった。いろいろな両生類の飼育繁殖に取り組み、飼育下でカスミサンショウウオ、オオイタサンショウウオ、イボイモリの受精卵を得られるようになった。今や生物教室は、両生類専用の「動物園」となり、生徒が毎日、生物教室を訪れ、餌やりと研究に取り組んでいる。また、野外での調査を通して、人為的な開発によって両生類の繁殖地が激減していることを目の当たりにし、自然保護について考えるようにもなった。

これまで「動物を飼育すること」から本当にたくさんのことを学んできた。そして、飼育を通して生徒と接してきた経験から、今の高校生に、“動物に直接触れること”と“自然体験を多く持つこと”の必要性を感じるようになった。理科の学習には、知識だけでなく体験が必要である。直接体験が観察する目を養い、科学的思考の礎となる。

動物に直接触れること

小学校の理科の教科目標には、「問題解決の能力と自然を愛する心情を育てる」という記載がある。また、生活科には、動物飼育が設定されている。そこで、総合的な学習の時間の宿題として、出身小学校を訪問して調査レポートを作成することを課してきた(1999年から毎年実施)。あるレポートに、飼育舎の前に「飼育係り以外の生徒は立ち入らないように」と注意書きの看板がある写真が貼られていた。飼育動物は何のために飼われているのだろうか。生徒たちに、飼育動物との思い出が非常に少ないことも実感した。実際に学校で動物飼育の体験をしているのだろうかとも思い、次の段階として、生徒と協力して、「学校飼育動物」についての現状を知るために、岡山県内の小学校にアンケート調査(2008年)を実施した。

この調査で、飼育状況が明らかになってきた。一例として一番多く飼われているウサギの飼育状況を取り上げると、ウサギの雌雄が区別できない学校が54%、雌雄混合飼育が65%、雄の非去勢手術率が91%であった。飼育数が40羽の学校もあった。ウサギは繁殖力が旺盛で、雄はなわばりをもつという特徴に配慮する必要があるが、現実は、雌雄を区別できない学校が多く、避妊しないで雌雄を混在させて飼っているのがわかった。教師でさえ理解が十分でない状態で飼っているので、困難に直面する場合が多いと考えられる。また、出身小学校に出向いての調査で、卒業生として訪問した学校で、「見せることはできない」と拒否されたケースが10年間調査をして2008年に初めて3件発生している。今の小学校が卒業生に警戒しなければならないような状態にあるのか、飼育状況を見られたくないのか、理由は不明である。

中央教育審議会は、動物に触れる教育で「心の教育」を提言しているが、学校現場では、担当教員の知識不足、飼育経費の不足、飼育作業の負担などが原因となり、飼育を敬遠する流れを生み、鳥インフルエンザなどの社会問題と相まって、飼育動物を激減させる現状をつくっている。高校生に、「家のペットと学校飼育動物では、死んだ時にどちらが悲しいか」と質問すると「ペットだ」と答えが返ってくる。それは、身近に接した時間が長い動物ほど愛着がわくという当たり前のことに起因しているのではないだろうか。ウサギは、避妊・去勢をして、飼育数を2,3匹に制限して飼えば、問題なく飼える生き物である。動物への知識があれば、飼育への負担感も少なく抱きごこちのよい動物として子どもたちの心を育てる存在になる。

女子生徒に自然体験が少ない

日本では、社会全体が女性の社会参加に消極的であったという歴史を反映して、科学技術分野での女性の活躍が極めて少ないという特徴がある。平成14年度文部科学白書で「自然体験・社会体験など子どもの学びを支える体験が不足している」が取りあげられている。自然体験の不足が理科離れの一因になっていないだろうか。『理科離れしているのは誰か』(松村編)で“自然体験・生活体験と理科の好き嫌いの関係(中1段階)”を、「トンボやちょうちょなどの虫取りをする」かどうかで見る項目がある。男子の理科好き59.3%、理科嫌い35.2%、それに対して女子の理科好き35.9%、理科嫌い27.7%とある。男子では有意差があるが、女子では大きな差がなく、しかもその体験そのものが少ないことがわかる。実験の役割分担で、男子が中心的役割を、女子が補助的な役割をする傾向がみられたという報告もあるように、学校教育で、女子生徒に対してジェンダーバイアスがかっているとの意見もある。女子の理系への進学率が少ないことの裏側に、自然体験の不足と直接実験に取り組む機会の少なさが理科嫌いをつくっているとしたら、理科好きを増やすために、自然体験と実験・実習の機会を増やす取り組みが必要だということがわかる。

高校教育に動物飼育や自然体験を盛り込む

本校は女子校で、構成する生徒はもちろん女子のみである。生徒会活動や実験・実習などすべての教育活動において、女子がリーダーシップをとらざるを得ない。そのことは逆に言えば、リーダーシップを養成し、積極性を身につけるのに適した環境であるともいえる。

女子の理系進学者が国際的に比較して非常に少ない日本において、その中でも理系が少ないと思われがちな女子校である本校で、あえて理科好きを育てるプログラムを構築した。そして、2006年度から文部科学省のスーパーサイエンスハイスクールの指定を受けて、多くの自然体験と実験・実習を盛り込んだプログラムを実施している。入学時から普通科の中に別枠で「生命科学コース」を設定した。まずは、理系でも比較的女性進学者の多い“生命科学”の分野に進路を考えている生徒のためのコースから始めようという試みである。

どのような教育内容を盛り込んでいるか。

「生命科学コース」の大きな特徴は、[1]自然体験、[2]実験実習、[3]課題研究であり、それぞれ、大学と連携して行っている。

[1]自然体験

「野外実習」(高1全員、4泊5日)、「沖縄研修旅行」(高2全員、3泊4日)、「ボルネオ海外研修」(希望者、8泊9日)がある。

「野外実習」は、全日程を森林を学ぶことをテーマに、講義(地球環境、森林を構成する樹木の特徴)と実習(野外での樹種学習、枝打ち、ジャングルジムからの林冠部観察、森林調査)で構成している。森林調査では、プロット(10m×10m)をグループごとに受け持って、樹木(樹高・胸高直径・樹齢)を測定し、そのデータからそのプロット内の樹木が1年間で吸収する二酸化炭素量を計算する。林道から森林に足を踏み入れての作業は、初体験で自然に触れる機会が十分ある。

「沖縄研修旅行」は、全泊西表島で、イリオモテヤマネコやオオコウモリの研究者の講義、夜間動物観察、山からマングローブ林までのトレッキングをしながらの動植物観察、シュノーケリングやカヤックによる海の動物観察で構成している。

「ボルネオ海外研修」は、マレーシア国立サバ大学と連携して、環境学習と国際性の育成をテーマにして、大学での講義、世界遺産であるキナバル公園やマングローブ、キナバダガン川での動植物観察、森林火災の跡地での植林作業、英語による課題研究発表、地元の高校生との交流がある。

[2]実験実習

通常の高校の実験とは別に、大学の施設で行う「生命科学実習Ⅰ」(高1全員、3回)、「生命科学実習II」(高2、2回)がある。これらの実習で、高校の教科書を超えた応用分野が学習できる。

「生物科学実習Ⅰ」は福山大学生命工学部と連携して行っている。内容は「大学の実験室や研究室を覗いてみよう」、「海洋生物の研究」、「食品栄養学実習」である。

「生物科学実習II」は岡山理科大学と連携して行っている。内容は「ゲノムDNA抽出とDNAプロファイリング」、「尿タンパク半定量検査」である。

[3]課題研究

課題研究は、3つの研究グループから生徒が選んで取り組む形で行っている。 私が指導しているグループを例にすると、有尾類と酵母を研究材料にしている。

有尾類については、人工受精の方法の確立と孵化後の幼生の良好な飼育条件を見つけること、人工受精後の正常発生率を上げること、卵や精子の受精能力の保持期間を延ばすこと、幼生飼育の飼育密度、餌、共食いの影響などを調べて好ましい条件を見つけることを目指して研究している。

酵母については、花や果実に比較的多く生息しているといわれる「花酵母」(野生の酵母)の分類に取り組んでいる。同じ酵母がいろいろな花に分布していることが予測されるので、花の種類と酵母の種類の相関を分析することによって、生態系の理解が深まると考えている。顕微鏡観察による形態、リボソームRNAをコードするDNAの塩基配列や電気泳動核型、発酵能力の有無などで分類しようとしている。

どのように育っているか

「直接触れる体験」の重視した学習の中で、リーダーシップの養成、国際性の育成、ロールモデルの提示を盛り込んで取り組んできたSSHの教育プログラムの成果はどうだろうか。後で示した“SSH研究開発の成果・生徒の変容”のデータで判断していただきたい。

今年度は、特別な地域に出かけるのではなく、学校周辺の自然に目を向けるような取り組みを始めている。「総合的な学習の時間」で、本校のある二子の丘の植物観察、周辺の水田地域の動物観察、さらに課題研究として、学校周辺に生息するカメに注目して、クサガメと帰化動物のアカミミガメの標識再捕法とテレメトリーによる行動調査を行っている。これからも、“直接触れる体験”を重視した教育を進めていきたい。

平成14年の小学生対象の調査(中村博志氏他)で「一度死んだ人が生きかえることがあると思うか」の問いに、約3分の1が「ある」と答えたことが新聞で報道され、子どもの生命に対する感覚の変化に対して「心の教育」の重要性が叫ばれた。その背景として、小学生に「自然体験・社会体験など子どもの学びを支える体験が不足している」ことが主張された。自然体験が不足しているのは小学生だけだろうか。私は、中学生や高校生、大学生、そして、大人にもあえて自然体験の機会をつくることが必要な時代が到来していると考えている。

参考文献

松村泰子編『理科離れしているのは誰か』日本評論社2004

秋山繁治・田中福人「清心女子高等学校 生物部の歩み」『生物工学会誌』第86,pp415-416,生物工学会,2008.

秋山繁治「有尾類の教材化について・環境に目を向ける教材としての利用」『岡山県高等学校教育研究会理科部会会誌』第47号, pp20-28,岡山県高等学校教育研究会理科部会,1997.

秋山繁治「有尾類の教材化について(2)・胚の発生の授業展開」『岡山県高等学校教育研究会理科部会会誌』第55号,pp26-33,岡山県高等学校教育研究会理科部会会誌,2005.

梅村錞二・秋山繁治「ため池の脊椎動物(魚と両生類)」『水環境学会誌』Vol.26,No.5,pp18-21,日本水環境学会,2003.

秋山繁治「有尾類の保護を考える」『岡山県自然保護センターだより』Vol.14 (3),pp2-6,岡山県自然保護センター,2005.

筆者名

(和文)秋山繁治
(英文)Shigeharu AKIYAMA

所属機関

(和文)清心女子高等学校
(英文)Seishin Girls’ High School

論文名

(和文)実際に“触れること”が科学的思考を育てる
(英文)Developing Scientific Thinking through a Program that Provides “Practical Experience” in Nature

掲載誌

2009年12月15日理科の教育(日本理科教育学会)平成21年12月号通巻689号2009/Vol.58.p22-25.
「実際に『触れること』が科学的思考を育てる」(秋山繁治)

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