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論文:女子校で有尾類と付き合って20年

秋山繁治

2009年1月24日、九州は今年一番の寒波、午前10時、毎年訪問する山間の湿地。ここはオオイタサンショウウオの繁殖地、静かな林の中で、水の音がした。その方向に目を向けると、溜りの水面が波打っていた。近寄ると約20匹のオオイタサンショウウオが群がって産卵をしている最中であった。自然産卵の場合、カエルなどは水温が上がったときに産卵すると記載されているのを常識にして、冷蔵庫などで低温にしておけば産卵が抑えられると考えていた。この日の気温は0°C。産卵終了後の水温を測ると3°C、水底の泥の中でも5°Cであった。雪花が舞う日中に、産卵しているなんてまったく想像していなかったことである。サンショウウオは、低温でも繁殖行動は抑えられず、昼間でも産卵するということを、今回の野外観察から学ぶことができた。

そもそも、有尾類を研究するようになったのは、1989年3月、同僚が自宅の畑の一角にある溜りで採取した正体不明の一対の卵嚢が何であるかと生物教室に持ち込んだことがきっかけである。孵化した幼生は、カエルの幼生と異なり、外鰓を持っていた。これがサンショウウオ(カスミサンショウウオ)だったのだ。2ヶ月ほどで変態した。試行錯誤しながら飼育し2年後初めて産卵させることができた。繁殖に成功したことが話題となり、新聞に記事が掲載され、それ以後、生態や分布などについての問い合わせが多くなり、私自身がサンショウウオについて詳しくならざるを得ない状況に追い込まれてしまった。

卵の発生や繁殖行動の観察のため、野外に出かけることが多くなった。まだ暗いうちに自宅を出、産卵直後の卵嚢を採取するために、夜明けの時刻ちょうどに繁殖地に到着し、卵を採取し、朝礼前に学校に到着するという生活を1ヶ月間続けたこともある。飼育を始めて20年、生物教室はサンショウウオやイモリの飼育ケースでいっぱいになり、有尾類に特化した動物園に変容した。

サンショウウオとの思いがけない出会いから始まった研究だが、野外での観察や調査を続けるごとに、有尾類の研究にとどまらず、環境問題も見えてきた。年々有尾類生息数が減っている。人里に近い環境に棲んでいる種(カスミサンショウウオ・オオイタサンショウウオ・アカハライモリなど)ほど、近年人間の活動の影響を受けて繁殖地を激減させ、個体数を減らしている。理由はいろいろ考えられる。[1]水田側溝に敷設されたコンクリート製のU字溝が徘徊性の動物にとって、陸上と水域を分離する「死のトラップ」になっている。[2]コンクリート水路は自然の自浄作用を失わせ水底がヘドロ化し水質の悪化を招き嫌気的な条件で幼生が育たない腐敗した水をつくってしまう。[3]ゴミ投棄によって生息地が汚染される。(産卵場所は人里離れた環境であることが多くそんな場所ほど不法投棄の場所になりやすい。)[4]ペット指向の多様化を受けペットショップでカスミサンショウウオやイモリが売られている。これまで家庭で飼育されることが少なかった両生類すら乱獲される可能性が出てきている。[5]アメリカザリガニなどの外来生物やツボカビ病などの影響。その他まだまだあるだろう。有尾類は、幼生期を水中で生活するため、水質の影響を受けやすく、卵も受精直後からゼリーに包まれただけの姿で発生する。成体になっても皮膚には毛も羽毛も鱗も無く、大気や太陽光に直接さらされている。これらの特徴ゆえに、環境破壊の影響を受けやすい生物なのである。オオイタサンショウウオとイボイモリは、環境省の2000年レッドデータ・ブックで、「絶滅危惧II類(UV)」になっている。

このような問題点を見つけてしまうと、私にも何かできないかと思った。現在、生物教室で飼育しているのは、サンショウウオ科では、カスミサンショウウオ・オオイタサンショウウオ・ブチサンショウウオ・ヒダサンショウウオ、イモリ科では、アカハライモリ・シリケンイモリ・イボイモリ・ミナミイボイモリである。その内のオオイタサンショウウオとイボイモリを使って、飼育下での繁殖を試みてみた。オオイタサンショウウオは、多くは卵から約3年(早いものでは2年)で繁殖可能になる。ゴナトロピン注射を使っての人工授精や水槽での自然産卵に成功した。また、イボイモリは、人工授精は試みていないが、水槽飼育下での自然繁殖に成功した。

繁殖行動をしているオオサンショウウオの群れ。卵嚢を抱きかかえて、放精している雄(写真中央)がみえる。
繁殖行動をしているオオサンショウウオの群れ。卵嚢を抱きかかえて、放精している雄(写真中央)がみえる。

しかし、人工繁殖させて自然に帰しても、生息数の減少を引き起こした原因の解明と解決がない限り、個体数の増加にはつながらない。また、飼育された個体を自然に帰すこと自体の問題も考えなければならない。この20年間、有尾類と向き合うことでいろいろなことを考えさせられた。女子校だから、女子しかいない。おおよそ女子には気持ち悪がられる(?)有尾類だが、生徒たちは毎日餌やりという生物との対話の中で、何かを感じてくれていることだろう。

掲載誌

2009年2月25日生物工学会誌第87巻第2号(生物工学会).p110
「女子校で有尾類と付き合って20年」(秋山繁治)

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