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1997性教育の課題 ⑫具体的な実践(翻訳によるエイズ学習)

1997年8月 1日

1994年3月1日:月刊高校生3月号.pp38-45.
「SAFER SEXの翻訳によるエイズ学習」

 性教育に関係した教育活動は,関係する各教科の授業やLHRの性教育の時間だけではない。ここで報告するのは,卒業を直前にひかえた時期に,生徒と一緒にエイズに関する本の翻訳作業したというだけのものであるが,そこから自分自身が学んだことを紹介しようと思う。
 1990年の文化祭で,担任した高校2年生のクラスで,今の社会問題に対する意見を,教師に負けない内容で発表しようということになった。文化祭まで少しくらい苦労しても,文化祭当日は,自由に楽しみたいということで,本の形にまとめようということになった。ジャンル別に分担し,各自がワープロで原稿を仕上げ,製本し,一冊の本にすることにまとまった。具体的には,クラスを6つに分け,グループごとにテーマを決めて,原稿を共同で書き上げることを目標にした。
 6月からテーマを決め,夏休みまでに資料を集め,夏休みに原稿を書き上げた。8月末の1週間の補習授業の期間にワープロ原稿を完成し,順番に並べた状態で製本所に持っていった。一冊の製本料約100円で依頼し,最終的には122ページの本ができあがった。
 内容は,「臓器移植」「これからの女性のライフスタイル」「校則とは」「エイズ」「医療事情」「老人性痴呆症」などである。いろいろな本からの引用も多く,生徒の完全なオリジナルとはいえないものの,この取り組みを機会に,医療系の進路を考える生徒も出てきたりした。
 このことをきっかけに1992年度,さらに,高校3年生の授業の中で,3クラス約100名全員で,エイズについての英語のペーパーバックを翻訳することを試みた。書店の洋書のコーナーを探したりしたが,なかなか適当なものが見つからなかった。結局,夏休みにニュージーランドやアメリカにいく教師や生徒に,中学生や高校生向けのエイズに関する本やパンフレットがあったら,購入してもらうように頼んだ。そこで,ニュージーランドへ中学生を引率した教師が買ってきてくれた『SAFER SEX(WHAT YOU CAN DO TO AVOID AIDS)』13)を翻訳することになった。
 英語の教師でも,医者でもない私と生徒との違いは,少しエイズや性教育の本を読んでいるというだけである。自分自身も作業のなかで,必要に応じて勉強し,知識を得て,学習していこうと思った。
 実施方法は,次のとおりである。

1.本文の約150ページを生徒一人あたり1~2ページになるように,パラグラフをめどに区切 る。コピーしたものを切り取り,文頭から分断したコピーを,座席 順に生徒に配布する。

2.ルーズリーフの用紙を一人2枚づつ配布し,1枚に配布したコピーを貼り,もう1枚の方 を翻訳を書き込む用紙にするよう指示をする。

3.授業2時間を使って,辞書をひきながら翻訳作業をする。
注)・翻訳する場合,自分の分担箇所と前後の関係が理解できていないと,訳しにくいので,相互に相談して調節する。
・特別な用語(専門用語や俗語)など調べても意味が分からない時は,質問を受ける。

・専門用語など用語を統一した方がよい時は,生徒全員に語句について説明する。

・辞書で調べた内容などのメモは,用紙に書き込み,そのまま残しておくようにする。

4.提出されたルーズリーフを綴じてまとめる。

5.通読し,校正して用語を統一する。

6.ワープロで打ったのち,英語教師に相談して校正する。

7.印刷後,折り込みをする。順番に並べて,輪ゴムで1冊づつセットにする。

8.製本を依頼する。

注)製本所に持ち込むとき,ページを並べることや織り込むことを依頼すると,料金がかか  るので,綴じることだけですむ状態で,輪ゴムで一冊ずつセットして持ち込んだが,折り  込みは,丁寧にしておく必要がある。
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(翻訳作業の中で)
生徒と翻訳作業に取り組む活動で,生徒から性に関する用語についての質問を受けたり,楽しそうに取り組んでいる姿を見ていると,通常の授業にはない打ち解けた空気が流れているのを感じた。
 ほとんどの生徒が,大学受験を直前にひかえている時期であったが,「エイズについての洋書を読めば,英語力と知識の両方が得られるじゃないか」ということで,予想外に盛り上がったものになった。
 父親と一緒に翻訳に取り組んだ生徒もいた。また英語の教師に質問した生徒もおり,関係するはめになった方々には大変お世話になった。
 製本会社の方には,製本だけを安価な料金でということで,無理なお願いをした。「製本会社は,印刷会社から依頼された形で仕事を引き受けることが多いので,一般の方は,製本会社という存在をあまり知らないのですが,よく直接頼んで見ようと思われましたね」と言われた。あげくに,持ち込んだ冊子の折り込みが雑で「会社の名前があるから雑な仕事はできない」と,一緒に夜中まで手伝って下さった。完成した翻訳本は,卒業式の当日に生徒の手に渡った。
(訳語を選ぶ気持ち)
 私たちが翻訳に取り組んだ本の原書が,翻訳されて出版されていた(私たちが取り組んだ本は,ニュージーランドで購入したのでオーストラリア版で,原書と異なるところがある)。日本での書名は『マジックジョンソンのエイズにかからない方法』(集英社)になっていた。
 どうせ翻訳本がでるなら,何ヶ月もかけて訳すことは無駄であったという意見もあるかもしれない。しかし,生徒と生物の教師でつくった直訳本も,読みにくいかもしれないが,本当にいいものができたと感じている。同じ曲でも演奏者が違えば,それぞれ違った印象を与えるように,原文は同じでも翻訳という作業の結果できた文章もまた,翻訳者の内面が反映するものだと思う。
 例えば,集英社版では"bisexual"を「両刀づかい」と訳してあった。この言葉は,旧来の男性社会を背景としたものであり,バイセクシュアル(両性愛者)に対する蔑称である。決して高校生はそのようには略さない。また,エイズサーベランス委員会の発生状況報告の初期のものには,危険因子の欄に,「異性間性的接触」と「同性愛」という言葉が並べてあった。前者は人間の一つの行為を示す言葉であり,後者はアイデンティティーの一面を表す言葉である。言葉には,いろいろな意味が込められている。逆に言えば,注意して用いれば,本当に大切な気持ちを注ぎ込める可能性を秘めている。翻訳の言葉に訳す側の気持ちやその背景が浮かび出てくる場合がある。翻訳した本の中に,次のような箇所がある。
Many people have been taught homosexuality is a sin. If that has been your upbringing,remember that the very same religious teachings also tell us that we are all sinners and are obligated to give the same loving attention to others that wouldwant for ourselves.
(同性愛は罪だと教えられた人たちがたくさんいます。あなたが子供時代にしつけられたなら,それと同じ宗教の教えが,我々はみな罪人であると言い,また,我々のために他人に欲するがごとく同じ愛を与えるようにしなさいと言っているのを思い出しなさい)」
翻訳をしていると,力不足のために訳すことだけに一生懸命になりがちだが,人間の生き方の関わった部分については,背景となる考えが問われる部分がある。そんな部分について生徒と教師が話し合えるような教育活動が大切にされなければならない。
(同性愛について)
 この箇所のように,同性愛についての意見がきちんと述べられているのは,アメリカの社会的な背景がある。同性愛に対する偏見と直接的な暴力があり,同性愛の青少年の学校への不登校,中退,麻薬,自殺が大きな問題となっている。偏見を排除し,人権を保護し,健全な発育を見守る方針がだされている。日本でも,テレビなどのマスメディアの報道の中で話題にされるが,好奇の対象として位置づけられており,その影響を受けた児童や生徒が,日常的な悪口や冗談として,嘲笑的に使っている。エイズ予防パンフレットに「ホモ」という差別用語が使われて話題になったように,大人社会,教師社会においても,嘲笑的・侮蔑的に考えている人が多いと思う。同性愛は個人の性的指向である。
 同性愛は,歴史的には,ユダヤ-キリスト教価値観では,生殖を伴わない性は罪悪ととられ,性倒錯,人格障害や精神障害などに含まれて扱れたこともあったが,現代精神医学では,疾病とはみなされていない。WHOの国際疾病分類でも1993年から施行されたものには「同性愛」の項目はない。
(翻訳作業を終えて)
 エイズという,人間の性行動を介して感染する病気に関する本を翻訳するという作業を通して,お互いに「自分が性をどのようにとらえているのか」を確かめるような体験ができたと思う。そして,翻訳が終わって本が完成したとき,援助してくれた英語の先生から「性に関する用語に抵抗感があったが,ごく自然に話せるようになった」と言われた。性に関しては,社会的に抑圧されてきた面があり,猥褻な使い方をされることはあっても,正面から話題にされることはまだまだ少ない。正面から扱うと道徳的な面が強調されやすく,聞く生徒の方も干渉されたくない気持ちを抱いてくる。エイズという社会問題を学びながら話すことによって,性に関する基礎的な学習ができたのではないかと思う。
 数年前まで,NHKは性的なことを放映することを避けてきたのは事実であると思う。しかしながら,国家的なメディアでさえも直接的に扱い始めたことは進歩である。例えば,1992年12月にNHKで高校生ビデオコンクールで神戸の松蔭女子高校の『本当の性教育を求めて』という作品が,コンドームや中絶,胎盤等の映像が昼間の放送に適さないという決定がなされたが,新聞で問題として取り上げられた翌日,「生徒の気持ちを傷つけ,学校にご迷惑をおかけしたことを,申し訳なく思っている。私の責任において放映したい。今回のことで萎縮せずに,力作を制作して応募し続けてほしい」という返答があり,一転放映されることになった。また,NHKの朝の番組で北沢杏子先生のコンドームを教材に取り込んだ授業が全国に放送され話題になり,再放送もされた。このような性に対して正面から取り上げた実践に対して,性に対する興味を煽るものであるとし,「純潔教育をなぜ主張しないのか」といったという批判の手紙が送りつけられたりした。しかしながら,このような報道の歴史的な変化は,世界的な社会問題としてエイズが出現したことがきっかけになっていると思う。

  • 投稿者 akiyama : 08:25

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