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『人は「いじめ」をやめられない』(中野信子・小学館新書)より抜粋。
 人間社会において、どんな集団においても、排除行動や制裁行動がなくならないのは、そこに何かしらの必要性や快感があるから、ということです。
 本気でいじめを防止しようと考えるのであれば、「いじめが止まないのは、いじめが『やめられないほど楽しい』ものだからなのではないか」という、考えたくもないような可能性を、あえて吟味してみる必要があるのではないでしょうか。
 例えば、子どものいじめを回避するためには、「相手の気持ちを考える」「相手の立場になって考える」といった指導では不十分であったことは、私が指摘するまでもないでしょう。
 これは、いくら「相手の気持ちを考えましょう」と教え諭したところで、子どもの脳は「共感」の機能が未発達であるからです。「共感」の機能はじっくり育てていくことが大切なのですが、いじめを回避したい場合には間に合いません。 
 とくに子ども時代は、「誰かをいじめると楽しい」という脳内麻薬に対して、共感というブレーキは働かないため、これを止めるには「自分が相手を攻撃すると自分が損をする」というシステムが必要です。しかし、現状の学校現場では、誰も見ていないところで相手を攻撃すれば自分が損をすることはない。つまり、「賢く相手を攻撃したもの勝ち」という構造ができあがってしまっているのです。

かつて、これからの大学での英語教育の重要性を主張していた時期があった。そんなある日、外国人講師に突き飛ばされたことがある。突き飛ばした後は出口を塞がれて恐怖を感じて、大声で「出せ!」と言って逃げた。その時、かれは、不気味な笑顔を浮かべていた。助けをもとめて研究室では二人の教員が菓子を食べながら、コーヒーを飲んでいた。自分に起こったことを話したが、返答は「僕は見ていないからどういっていいかわからない」。もう一人は知らないふりで沈黙だった。最後に「お菓子でももっていかないか」と言われた。隣の研究室では「授業前で忙しいので・・・。アポをとってくれれば話します」と言われた。
もし、言っているが、頑強そうな中年男でなく、暴行された女子学生だったら、私と同じように対応した妥当か。被害者に共感できない気持ちをもった教員に教員養成の仕事をしてもらいたくないと感じた。後で、「怪我などの暴行の証拠がない」ので立証は難しいと言われた。今は、それらの教員と会うことのない階に研究室を引っ越し、昼食も彼らが行かない早い時間帯に食堂に行ってとるようにしている。
私にとって大人になることとは、自己中心的な視点で考えることから卒業して、社会にいかにして貢献できるかという視点をもつようになれることだと考えてきた。今、地域の科学教育のネットワークを構築に調整しているのも、性教育に30年以上取り組んでいるのも、「自分だけれよければいい」という自己中心的に生き方にならないようにという自分自身に対する祈りを反映したものである。

  • 投稿者 akiyama : 11:21
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今回の医学部の入試が問題になるずいぶん前に、京都大学で女子の受験者を配慮した入試が行われていたようです。以下は、森嶋通夫・著『智にはたらけば角が立つ』(朝日新聞社・1999)p94-p96からの抜粋です。  新制の入学試験には私は関係なかった。その代わり、合否決定の会議には出席した。合否の決定は通常、次のようにして機械的に決定されるのだが、その時は横槍が入った。  通常の手続きとはこうである。まず…続きを見る
2017年度日本動物学会動物学教育賞を受賞
【受賞者】 秋山繁治(あきやま しげはる) 【所属】 南九州大学、教養・教職センター、教授 【題目】 『動物学』を中心に据えた女子生徒の理系進学支援の教育プログラム開発と実践 【受賞理由】 秋山氏は、清心女子高等学校で長らく教鞭をとり、一貫して有尾両生類の飼育・研究を行い、女子高校生に動物学の面白さを教えてきた。それらの実績をもとに、スーパーサイエンス・ハイスクール(SSH)に数少ない女子高とし…続きを見る
佐藤学著『学力を問い直す(学びのカリキュラムへ)』
佐藤学『学力を問い直す(学びのカリキュラムへ)』(2001岩波ブックレットNo.548)から抜粋  どんなに「学力低下」論が叫ばれようとも、また教育行政がどんなに「基礎学力の徹底」を推進しようとも、子どもたちは、もはや「東アジア型の教育」の復古主義的な「勉強」の世界に回帰することはないでしょう。「勉強」の時代はもう終わったのです。いくら「勉強」に打ち込んでも、もはや、その行く手に希望もなければ幸…続きを見る
NHK『ハンナ・アーレント・全体主義の起原』仲正昌樹より
 p107-108より抜粋  私たちは日々、いろいろなことを考えています。しかし、本当に「考える」ことができているでしょうか。実は既成観念の堂々めぐりを「無思想に」処理しているだけではないでしょうか。  例えば、インターネット上には、様々な意見や主張が飛び交っているように見えます。検索すれば「多様な意見や考え方に触れることができる」と思うかもしれませんが、実際には自分と同じような意見、自分が安心…続きを見る
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日野原重明。1911年山口県生まれ。京都帝大医学部卒。1941年から聖路加国際病院に勤務。専門は内科学で、「成人病」と呼ばれていた脳卒中、心臓病などを「習慣病」と呼ぶことを提唱してきた。旧厚生省は1996年に予防につなげる意味づけで「生活習慣病」と改称した。 「生涯現役」として著作や講演など幅広く活動していた。7月18日午前6時33分、呼吸不全で105歳で逝去された。…続きを見る
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『人生論ノート』(三木清・著)  絶えず他の人を相手に意識している偽善者が阿諛的(あゆてき)でないことは稀である。偽善が他の人を破滅させるのは、偽善そのものによってよりも、そのうちに含まれる阿諛によってである。偽善者とそうでない者との区別は、阿諛的であるかどうかにあるということができるであろう。ひとに阿(おもね)ることは間違ったことを言うよりも遥かに悪い。後者は他人を腐敗させはしないが、前者は他人…続きを見る
権力を有する地位にある者に最も必要な徳とは?
『人生論ノート』(三木清・著)より抜粋 絶えず他の人を相手に意識している偽善者が阿訣的(あゆてき)でないことは稀である。偽善が他の人を破滅させるのは、偽善そのものによってよりも、そのうちに含まれる阿訣によってである。偽善者とそうでない者との区別は、阿訣的であるかどうかにあるということができるであろう。ひとに阿(おもね)ることは間違ったことを言うよりも遥かに悪い。後者は他人を腐敗させはしないが、前…続きを見る
ルソーの「一般意志」から
100分de名著『エミール』より 法の正当性の根源は「一般意志」であって、多数の賛成がそのまま正当であることを意味しない、というところです。もちろんいろいろと話し合った結果、一つに結論がまとまらないことも当然あるわけで、そのときは最終的に多数決で決めるしかありません。ただし多数決というのは、あくまでも「決めるための方法」でしかないのです。ぼくなりにこの考え方を敷衍してみると、こんなこともいえそう…続きを見る
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平成29年度日本動物学会の各賞が下記のように決定しました。 授賞式、また学会賞、奨励賞受賞者講演は、9月22日富山県民会館にて行われます。 日本動物学会賞 伊藤悦朗(いとう えつろう) 早稲田大学、教育・総合科学学術院、教授 『軟体動物腹足類の学習記憶機構の解明』   日本動物学会奨励賞 森山 実(もりやま みのる) 国立研究開発法人 産業技術総合研究所 生物プロセス研究部門、特別研究員 『昆虫類…続きを見る
中等教科教育法・理科Ⅰの講義
南九州大学の教職関連の科目の講義に取り組んでいる。「取り組んでいる」というのは、この4月から自分の担当科目として「中等教科教育法・理科Ⅰ」・「中等教科教育法・理科Ⅱ」・「生物学実験」が始まったからだ。これまで35年間中高一貫校に勤め、公開授業など担当したことはあるが、教員免許取得を目指す大学生に教えるのは初めてで、シラバスを作成するときに、一年間をどのような内容で構成するかをなかなか決めることが…続きを見る
デジカメ・リコーのCXシリーズを使って
このブログ形式のHPを立ち上げたのが2006年3月、すでに10年以上の歳月が流れていった。清心女子高等学校の生命科学コース開設に併せて、2006年4月1日に学校のHPの完全リニューアルをするということで、その一環として生物教室のブログが誕生した。 このHPやSSHのパンフレットで使った多くの写真は、リコーのCXシリーズで、SSH事業で生徒科学研究発表会で成果が求められたのが2008年だから、その頃…続きを見る
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完結編第一話。主人公の医師・南方仁もとで医学を学ぶ娘(橘咲)に向かって、その母親が縁談を破談にしてまでも自分らしく生きようとする娘に投げかけた言葉です。 「負けは許しませんよ。咲」 「お前は戦のような人生を歩むのでしょう。けれど、選んだのはお前です。橘の家に泥をぬってもその道を選んだのです。ならば、勝ちなさい。橘の家のために。同じような生き方を選ぶ世の女子(おなご)たちのためにも。道を開きなさい。…続きを見る
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踏むがいい お前の足の痛さを この私が一番よく知っている 踏むがいい 私はお前たちに踏めれるため、この世に生まれ、 おまえたちの痛さを分かつため 十字架を背負ったのだ。 「主よ あなたがいつも沈黙されているのを恨んでいました」 「私は沈黙していたのではない。一緒に苦しんでいたのに」 …続きを見る
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学級通信を初めて出したのが、赴任して3か月過ぎた1983年7月13日であった。高校1年生を担任し、最初から生徒と私の考え方が正面からぶつかる状況が続いていた。それをなんとか解決したい、自分の思いを理解して欲しいという気持ちから、学級通信「ぼうぼうどり」を発行した。最初は理解されるどころか、ゴミ箱に捨ててある状況だったが、とにかく辛抱強く、自分のメッセージを載せて発行し続けることで、時間はかかったけ…続きを見る
生命科学コースの一期生の保護者から花
2006年に文科省SSH事業の指定を受けて生命科学コースを開設し、最初の入学生を受け入れました。11年目になり、生命科学分野の研究者として就職している卒業生もいます。 今日は、僕がノートルダム清心学園から南九州大学に異動したということで、保護者の方が花を贈ってくださいました。これまでは高校で、高校生に課題研究を直接指導してきましたが、これからは教員養成が仕事です。10年以上の歳月が流れても、今でも…続きを見る

研究室を少し整備

2017年1月16日

研究室を少し整備
研究室としていただいたのは演習室で、片面はスチール本棚、片面がホワイトボード、それに古い引き出しのついた机が一つと作業台が2つだけで殺風景な部屋でした。 12月に引っ越してきたばかりの時は閑散としていたが、1月に帰省した時に、書籍、研究機材やパソコンの周辺機器を車に満載して運んできたので、少し研究室らしくなってきました。インターネットも利用できるようになり、HPも更新できます。テレビも受信できるの…続きを見る
英会話のEric C.Han先生の本
エリック・ハン(Eric C.Han)は、清心女子高等学校で英会話の講師をされていた。当時の彼の話では、大学では分子生物学(ショウジョウバエを使った研究)に取り組んでいたけど、大学院では、東洋史を研究したいということだった。 その後、アメリアに帰ってからコロンビア大学で東洋史を専攻し、チャイナタウンをテーマに研究され、その成果をまとめたのが、今回出版された"Rise of a Japanese …続きを見る
「清心女子高校生物教室」から「ぼうぼうどりの生物教室」へ名称変更
僕のノートルダム清心学園清心女子高等学校から南九州大学への異動にともなって、12月15日に、HPの名称を「清心女子高等学校生物教室」から「ぼうぼうどりの生物教室」に変更しました。 …続きを見る
南九州大学都城キャンパス・大学祭
12月3日(土)、4日(日)が大学祭。1日に都城に来て、2日目。遠く岡山を離れてこの場所にいるのは事実だと頭ではわかっていても、勤務している場所の実感がなかなかわいてこない。「日常」を感じるのにはもう少し時間が必要なようだ。 …続きを見る
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