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1997性教育の課題 ⑬具体的な実践(エイズを学ぶ海外研修 )

1997年8月 1日

1995年6月1日:月刊高校生6月号.pp62-69.
「エイズを学ぶ研修旅行」

 どんな機会でも,性教育を学ぶ機会になりえる一例として,エイズについての研修を含んだ海外研修の計画を紹介したい。最近では,国外への修学旅行や海外研修,交換留学,海外視察など色々な機会が増えたこともあるが,生徒も教師も海外へ出かけることが多くなった。個人的に,家族で海外へ行くことが多くなったこともあると思う。また,学校でも,いろいろな国からの留学生や外国人教師に接する機会も増えた。現在本校でも,外国人の英会話教師が3人いる。このような状況の中で,本校では,夏期海外研修が1982年から始まり,毎年30~40人の生徒が参加している。1994年度はハワイ州マウイとネブラスカ州オマハの姉妹校で,それぞれ15名の生徒が研修した。海外研修は,引率する教師は英語教師だけでなく,いろいろな教科の教師が引率している。
 高校で生物を教える私だが,1994年にハワイのマウイ島の姉妹校,セント・アンソニー高校へ行く仕事ができた。海外研修(SAINT ANTHONY,SEISHIN EXCHENGE PRPOGRAM)に参加する生徒15人を添乗員と二人で引率するのである。生徒はそれぞれ,姉妹校の生徒の家庭に一人ずつ振り分けられて2週間のホームステイの形で生活体験をした。
 研修の全体計画は,姉妹校の先生が考えたもので,その目的は生徒に海外での生活体験をさせることと,英語による授業を体験させることである。このプログラムについては,事前の指導や姉妹校との相談は引率教師に任せられいる面があるので,参加する私たちの側からも課題を一つ提案しようと考えた。生徒が,この海外研修を観光地巡りと買い物が中心の旅行と思ったり,「お客さん」として英語の授業だけ受けて,大切にされてよかったとだけ思うようなものにしたくなかった。もしそうなるとしたら,大人社会の形式的な「接待」と変わらないと思ったからだ。生徒には,事前に課題の本(『日米学校事情・男女交際ってなんだろう』池上千寿子著)と銃社会・人種差別・エイズについての資料冊子を与えた。それから,出発までに英文のエイズ・パンフレットの翻訳を課題として与えた(パンフレットは,マウイ・エイズ基金で,昨年提供していただいたものを使用した)。それから,事前に送られてきたプログラムをみて,エイズについての講義を企画してもらうえないかということを依頼しておいた。与えた材料をきっかけにして,生徒自身が課題をもって現地で生活してくれることを期待した。
 ホノルル空港では,私たちが7月31日に入国した日に,日本から約10,000人が入国した。ワイキキのエイズ・ホットラインの1990年のデータによれば,ハワイ大学だけで毎年約600名の日本人が留学してくるという。日本観光客への対応はなれている。
 海に囲まれたハワイ州はいくつかの島からなっていて,ほとんどの観光客は人口の一番多いオアフ島に滞在する。私たちが滞在したのはサトウキビ畑とパイナップル畑がひろがるマウイ島である。マウイ島は,大きさではハワイ州で二番目で,火山活動が活発で人が住める地域の少ないハワイ島につぐ。人口ではホノルルのあるオアフ島についで二番目の存在である。マウイにも,ホテル街はあるが,オアフ島滞在の観光客がオプショナル・ツアーでやってくることが多い。観光地であるラハイナの商店街やハエヤカラ火山では日本人に会うことが多いが,ホームステイで生活していているかぎり,日常生活で日本人に会うことは少ない。
 ハワイ州だけ訪れると,日本と米国の関係はかなり相互に深いことがわかる。また,日本の情報も十分に得ることができる。しかしながら,米国全体としては,日本とどのような関係にあるのだろうか。日米の相互の情報交換の面で比較してはどうだろうか。朝日新聞が1994年3月8日に掲載した日米テレビ報道記録がある。その記事によると,日本側ニュースのうち,米国または日米関係について伝えたものは1121項目,34時間54 分36秒。逆に米国側で日本または日米関係のニュースは92項目,3時間5分。日本の米国についての報道量は,項目数にして米国の日本についての報道量の約「12倍」になる。また,国際ニュース全体の中での日米それぞれがしめる割合は,日本が米国について報道している割合は33.0%,逆に米国の日本報道は3.4%だから,日本の方が米国を「10倍」報道していることになる。日本が米国を重視している面が浮き彫りになってくる。そして逆に,米国は日本を極東の一つの国として報道していることがわかる。
 ハワイ州はどうだろう。ケーブルテレビでは日本語放送もあり,日本のドラマが放送されている。日本の情報は非常に多い。日系人も日本人も多い。ハワイ州は,米国の一部だが,日本人の思いの中で「最も近い米国」として存在するかもしれない。

(エイズ講義について)
 姉妹校でも,エイズについての授業の経験があるということで,今回の研修の中でもエイズの授業をしていただくことを依頼した。以前には,エイズで子どもを亡くした人を招いて授業されたこともあるそうだ。今回は,ワイキキ・ヘルスセンターにつとめる馬場めぐみさんに講義していただくことになった。
 米国では,サンフランシスコなどの日本語を使う人が多い地域では,日本語によるエイズ・ホットラインが用意されている。ワイキキでも,1992年の夏から日本語によるエイズ・ホットラインが開始された。そのサービスで日本語による講義も受けられるということで,姉妹校を通して交渉していただき講義が実現した。
 彼女は,数日後に日本での国際エイズ会議に出席する予定であったのにも関わらず,2時間の講義と昼食の時間に情報提供をして下さった。
 生徒に質問しながらエイズの基礎知識や感染予防の説明をし,自分がボランティアで日常的に接しているエイズ患者の気持ちも含めて教えて下さった。ハワイ州は人口約120万人,そのうちHIV感染者は推定7,000~10,000人といわれ,生徒はその多さに驚いていた。エイズに直面した場所で,最前線で働いている方に指導していただけたのは,生徒にとっても,私自身にとっても好運だった。
 講義の中で感染予防の話になった時,実際にコンドームを持ってこられて,生徒はびっくりしながらも積極的に聞き入っていた。日本とは違った雰囲気の中での授業は新鮮だった。感染予防の避妊具や性器の模型まで使ってのストレートな授業の中で,時折まぜる感染者についての話に,感染者の立場が大切にされていることが感じられた。確かに,共存しかありえない状況と比較的患者・感染者の少ない日本とでは状況は異なっている。そして,それを支える文化そのものも異なっているが,日本でのエイズ教育が,一般的に,あまりにも「公衆衛生的な」つまり「感染予防」が中心のもので,患者の立場が抜けているのを感じた。しかも,日本では予防が重視されているように見えながら,コンドームを見せるかどうかさえ問題になるわけで,予防に必要な初歩的な知識すらなされていないという絶望的な状況にある。
 講義後の話の中で,家田荘子の「イエロー・キャブ」の話になった。この本には,自由奔放に性の快楽を求める若い女性の姿が描かれている。馬場さんは,日本女性が,自分から求めて行動しているのではなく,異文化の中で,文化の違いを理解することなく,異文化に流されて行動している結果ではないかという。例えば,何事にも結果を曖昧にする日本の文化が,色々な問題の原因をつくっているといわれた。日本の学校では,授業中には,もの静かに黙っていて,恥ずかしそうに話すことはそんなに問題にはならない。私自身の経験では,むしろ日本では,陽気で,すぐに意見を言う生徒の方が問題のある生徒ととらえられやすい。異文化で育った帰国子女や交換留学生の抱える問題は文化の相違から生まれたものであることか多い。教師の社会も,研修会で指導講師に対して意見があったりはしない。「沈黙が承認を意味する」社会である。ところが,米国では「沈黙は金なり」にはならない。自分の意見をきちんと表現することが重要視される社会である。
 馬場さんは,日本の女性は,男性に誘われた時,つき合いたくなくても「あなたは私のタイプじゃない。」とはっきりと拒否できない場合が多いのではないかという。米国では,男性は女性がはっきりと拒否しないことで,嫌われていないと判断し,何回か声をかける。そのうちに,日本人女性の場合は,何回も断っては悪いということで,一回のドライブならいいと,一人ででかける。結果として「性的な被害」にあったり,「奔放な行動」になったりするというのだ。
 その話を聞いたとき,今回の彼女の授業を受けたときの最初の生徒の様子が思い浮かんだ。馬場さんから質問されても,知っているのか知らないのかはっきり返事をしない状態があった。心の中で「習ったことは習ったと積極的に言えば,もっと多くの,今しか聞くことのできない話を聞けるのに。」,「主張し,反応しない限り,講師の方は通りいっぺんの基礎知識の話しかできないのに。」と叫んだ。
 講義が終わった後で,もっと話が聞きたいから昼食を一緒にとってもいいかという生徒がいた。色々な話をした後,馬場さんが,「それだけ事前に知っているなら,実際にエイズの患者の人に来てもらえばもっとよく理解できたのにね」といわれた。
(エイズ報道について)
エイズについての報道の状況も,ハワイと日本ではまったく違う。地方新聞THE MAUI NEWS には,私の滞在中の2週間に,2件のエイズによる死亡記事が掲載されていた。実名での報告である。記事には,遺族や友人の名前も掲載されていた。日本でエイズが原因で死亡した場合,それが報道されたのは,今までに何件あっただろうか。最近の数少ない報告の中に,1994年5月29日に亡くなった平田豊さんがいる。彼の名前は実名ではなかった。日本の場合,なぜ実名ではないのだろうか。
 時代や背景は異なるが,感染性の病気による差別という点から見ると,エイズと同じような問題点をもった病気に,らい病(ハンセン氏病)がある。らい病をめぐる差別の状況は,「砂の器」という映画に描かれている。殺人事件の解決に向け,刑事が推理し,調査していく形で物語は進んでゆく。最後に,らい病にかかったがゆえに故郷を捨てた親子の姿が,テーマ曲「宿命」にのせて描かれる。テレビで,松本清張の追悼番組として放映されたとき,先だって「この作品は差別があった時代の作品です」というテロップが流れたのを思い出す。もう差別される状況はなくなったのであろうか。
 私は1992年12月2日に岡山市邑久郡の「ブルー・ハイウェー」のワゴン車と大型トッラクの正面衝突事故を思い出す。(この事故がきっかけとなり,ハイウェーという名称が高速道路との誤解をうむということで,「ブルー・ライン」という名称に変わった)。大型トラックが追い越しをしていて,対抗してきたワゴン車に衝突した事故だった。ワゴン車の運転手は国立療養所のらい病患者だった。同乗のらい病患者5人とともに全員死亡した。翌日の新聞には,6人もの死亡者がでたのに具体的な名前は報じられなかった。名前が語られない死であった。
 新聞やテレビ局のような報道機関には,公共性をもった情報をつたえる義務がある。しかし,その反面,プライバシーを侵さない責任もある。おくやみ欄や死亡事故の記事に,毎日のように新聞や雑誌で,「個人の名前」が報道され,それを当然のように受けとめることができるのは,そのことによってプライバシーが犯されたり,不利益を被ったりする危険を感じないからである。
 らい病患者の「名前のない死亡記事」はやはりまれなのある。名前を隠した方がよいということは,名前をだすことによって不利益をこうむる場合があるということを意味する。
 死んだ時でさえ名前を出すことが,プライバシーを侵すことになりかねない。それはどんな状況であることを意味するのだろうか。その人が個人として名前を持たなくてもよいということを意味するのではないか。国立療養所の中で,本名とは別の名前を語り,死亡しても身内に引き取られない。そのような現実が,現在もまだあるのだ。
 報道の姿勢は,その国の文化を最もよく表すと思う。日米の死亡報告記事には,明らかに差がある。確かに,エイズについての差別があること,そして差別しないようにと呼びかけていることは共通している。しかしながら,今の時点で,アメリカのように,公表し説明することによって差別を克服しようとする社会と,対応のしかたが依然としてらい病への場合と変わらない状況の社会では,まったく異なる。
 話は少しそれるが,最近,テレビ番組の犯罪報道で,詳細に犯人の情報を得るために,事件の起こった地域社会の人や家族の個人のプライバシーの領域にまで土足で踏み込むことが問題になってる。犯罪報道は,危険を知らせるためや,犯罪を犯すことに対する警告の意味での公共性をもっている。しかし,その報道のために,一般市民までが,個人のプライバシーを犯されるかもしれない危険を感じ始めたことで,問題になり始めたのだ。エイズであることを公表することによってまわりの人も危険を感じる社会はやはりおかしな社会だ。
 ハワイに行くことになった時,一般の会社に勤める友人に「ハワイに行けるの。いいなー。」と言われた。彼は観光地としてのイメージを,すぐに思い浮かべたのだと思う。確かにそれが,ほとんどの日本人がもつイメージだと思う。行き先が沖縄であったならどうだろうか。会社からの旅行であれば,マリンスポーツや観光を想像するかも知れなが,学校から行く場合は,沖縄のイメージは,平和学習の対象としての広島のイメージとかさなる部分がある。つまり,戦争による被災地という共通項をもつということがある。だから,生徒にとっての学習目的の旅行先となる。しかしながら,海外研修の場合,学校からの研修旅行であっても,観光や語学研修のイメージが強い。本校でのハワイ州マウイ島への海外研修についても,観光と語学研修という色彩が強く,また希望して参加する生徒の方も,そのように理解している。今回の海外研修では,引率者の裁量の部分で,課題をもって挑むスタイルを実施してみようと試みたが,実際のところ,生徒に気持ちが伝わったどうかは疑問である。しかしながら,何らかの文化の違いを語り合える課題を持つことによってこそ,本当の意味での交流がはかれるのではないかと思う。
 参加した生徒の意見に,教室での英語の授業について不満をいう生徒がいた。その意見は「日本でも米国人講師の英会話の授業がある。その場所でないと経験できないものでないと意味がない。」というものであった。
 本校の海外研修では,生徒全員が和服を持参していくことが恒例となっていた。しかし,今回は自分で判断して,持っていきたい者だけが持っていくということにした。それは生徒各自が心の中に自分なり課題をもって,研修に挑んで欲しいと思ったからだ。海外研修や国際交流では,観光地を案内され,民族衣装とダンスを拝見し,こちらからは日常的に飲まないお茶とあまり着ることのない和服を紹介する。このような形から一歩進んだものが必要だと考えたからである。
 最後に,今回の研修に参加できて良かったというのが私の感想である。それは,「観光地でゆっくりできて良かった。」という意味ではなく,「今まで感じたことのない文化の違いを意識できた。」からだ。まだまだ多くの魅力がハワイにあると思う。多くの日本人が滞在し,日本人によく応対してくれるからこそ触れることのできる文化があると思う。ハワイを観光地としてだけでなく,いろいろな角度から検証してみてはどうだろか。世界にはいろいろな国がある。とらえる視点によって無数の課題を見つけることができる。
 ある英語教師の一言を思い出す。「英語を学ぶことによって,日本語を考え直すことが重要なのだ。」という言葉だ。今では,英語は,日本語を考え直すための材料してだけでなく,実際に必要とするようになってきた。しかしながら,いまでも,英語が,日本語を考え直すための材料になっていることは変わらない。海外研修で外国の文化に接し,違いを感じることによって,今の日本の文化を考えてみる材料にしてもいいのではないか。
 現地で手にいれた,エイズのパンフレット14)に,次のような箇所がある。
 ハワイというところは,たびたび大陸にある合衆国から取り残されて忘れられています。本土から我々(ハワイ)を時には本当にたやすく分離します(特にエイズやHIVのようなむしろ伝えたくない課題を扱うときには)。HIV(もしくはエイズ)について,今日,公に明らかにされていることのほとんどは,本土に住む人たちに用意されたものです。それゆえに,ハワイの人々へのHIVやエイズの影響はとても軽んじられています。(特にアジア系の人や太平洋の島の地域社会では)。
 私たちは自分の近くにいてよく知っている顔を,病気で私たちの助けを必要としている人たちだとはわからないでしょう。だから,私たちは自分自身にとってこの病気は「自分」には影響のない(彼らだけのものだ)と考えるのです。不幸にも,ハワイの人々の間で,エイズの報告数は増え続けています。そして私たちの愛する人にふりかかるこの病気に,私たちもまさに直面しようをしているのです。
 ハワイにはHIVに感染しながら生きながらえている「隠れた」人々も多くいます。「恥」という文化的な見方によって,多くの人々の態度や行動,ふるまい,助力が制約されています。知らずに感染した人たちもいます。それは検査を受けたことがなかったり,ウイルスに対する抗体が,見つけられるほど増えていなかったためです。差別されたり,「エイズになった人」としてレッテルを貼られたり,家族や友人から避けられたりするのを恐れて,自分が感染しているのを誰にも言わない人たちもいます。
 エイズのような難病を経験している家族や友人,そして,我々の同胞を擁護することは大切なことです。今,これほど助けを必要としている時はないのです。本当に恥ずべきことは,私たちがその助けを与えることを怠ることです。 この文章からあなたは何を感じるだろうか。

  • 投稿者 akiyama : 08:29

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