山脇有尾類研究所は、2024年度のSSH指定に向けた準備組織にとどまるものではなく、「女子校から世界の科学舞台へ」という大きなビジョンを具現化するための、科学教育の新たな拠点として機能している。本研究所は、高校生の科学研究を支える存在として、次の三つの役割を担っている。
第一に、「真正な科学研究」の実践の場としての役割である。従来の高校の授業や部活動の枠を越え、大学の研究室に匹敵する「オープンラボ」の形態をとることで、生徒を一人の研究者として扱う環境を整えている。動物実験委員会を設置し、現代の科学研究に不可欠な倫理と手続きを実体験として学ぶ体制を整えることで、ISEFのような国際舞台にも対応できる研究姿勢を育成している。また、高度な研究機器や設備を開かれた形で整備することにより、本校生徒のみならず、他校の生徒や地域社会にも活用可能な環境づくりを進めている。
第二に、生態系保全と教育を統合するモデルとしての役割である。サンショウウオのような環境変化に敏感な有尾類を指標生物として扱うことで、科学を実験室の中に閉じ込めず、地球規模の環境問題へと接続することを目指している。校内に整備されたビオトープは、仮説を検証するための生きた実験場であると同時に、都市部における生物多様性保全の具体的モデルともなっている。さらに、身近な有尾類の観察から得た知見を、アジアの熱帯雨林や水環境を対象とした海外研修へとつなぐことで、生徒の視野をローカルからグローバルへと広げている。
第三に、「有尾類がつなぐ」科学コミュニティの形成である。有尾類という専門性の高いテーマを核に据えることで、全国の高校生、大学研究者、指導者を結ぶネットワークの形成を進めている。高校生両生類サミットは、これまで孤立しがちであった「生き物好き」の高校生たちが全国から集い、学び合い、切磋琢磨する場となっている。また、他校生徒からの研究相談にも積極的に対応し、一校のみの成果を追うのではなく、日本全体の理科教育の底上げを目指すハブ的拠点としての役割を果たしている。
1.研究設備の整備
5号館の2教室を、有尾類研究所の研究室(519)および動物飼育室(518)として確保し、科学研究に取り組むための実験環境を整備した。
理科振興助成金を活用し、研究室にはカメラ付き位相差・微分干渉顕微鏡を導入し、動物飼育室には卓上クリーンベンチを設置した。また、調査機器として動物個体識別ハンドリーダーARE-H5を導入した。
2.動物実験委員会の運営
動物実験規程を整備し、実験計画の申請に基づいて、動物実験委員会において実施の可否を審議する体制を構築した。
委員会は、西松伸一郎教授(川崎医科大学医学部)を委員長とし、外部委員として大林徹也准教授(鳥取大学研究推進機構・先進医療研究センター動物実験施設副センター長)、松井久実氏(麻布大学獣医学部講師・獣医師)に委嘱した。2024年度は3件の申請であったが、2025年度は13件の申請を審議し、助言・指導を経て承認した。
3.研究支援体制の整備
各大学に対して、生徒の科学研究への支援を依頼し、連携体制を整えた。
イベリアトゲイモリを対象とした研究では、広島大学両生類研究センターにおいて、2025年2月2日から2泊3日の日程で実験講座を開設していただき、5名の生徒が人工授精、解剖、マイクロインジェクションの技術を学んだ。
また、標本作成から3D画像再構築に至る技術については、群馬県立県民健康科学大学の協力を得て、2025年5月15日および8月15日に本研究所で直接指導を受けた。
4.実験動物の確保
研究に必要な実験動物の確保を行った。
広島大学両生類研究センターからイベリアトゲイモリ成体の提供を受けた。また、岡山市内のオオイタサンショウウオ人工繁殖池から卵嚢を採取し、研究用個体の確保を進めた。
5.有尾研主催イベント
教職員、生徒、保護者に生命科学の重要性を理解してもらうため、研究所開設を紹介する講演会等の開催を構想していたが、この目的に関する催しは2023年度に実施済みであり、2025年度は新規企画を行わなかった。
6.自然保護活動
オオイタサンショウウオについては、人工池由来の卵嚢を継続して飼育し、実験室内での飼育を継続した。2023年度から飼育を開始した個体のうち、2年目を迎えたものについては、2025年11月に校内ビオトープ内の人工池へ放流した。
また、トウキョウサンショウウオについては、2023年3月に川口ビオトープで採取した卵嚢の飼育と放流を実施してきたが、継続的な卵嚢提供が困難となり、2025年度は実施できなかった。一方で、神奈川県立横須賀高等学校校内の繁殖地を訪問し、保全活動の現場を見学・観察した。
7.生徒の科学研究
(1)日本産イモリ属を対象とした研究
昨年度から継続して、「アカハライモリが本来の繁殖期以外にも産卵するか」という課題について研究を進展させた。最終的に、「Reproductive strategies and adaptive evolution of Japanese newts(日本産イモリ属の繁殖戦略と適応進化)」としてISEFに応募し、動物実験倫理審査を通過して発表を行った。
その結果、2025年5月12日から16日にアメリカ合衆国オハイオ州コロンバスで開催された Regeneron ISEF 2025 に出場し、高校3年生が文部科学大臣特別賞を受賞した。
(2)イベリアトゲイモリを対象とした研究
研究は2年目に入り、初期発生の観察、広島大学での解剖実習、繁殖実験の成果をまとめ、「新規モデル生物イベリアトゲイモリの飼育と繁殖」として発表した。
その結果、2025年11月3日のTAMAサイエンスフェスティバルで高校2年生が優秀賞を受賞し、さらに2025年12月7日・8日に開催された第23回高校生科学技術チャレンジ(JSEC 2025)で入賞した。
(3)オオイタサンショウウオを対象とした研究
完全飼育下での飼育および繁殖方法の確立を目指し、有尾類 Hynobius 属の新たなモデル動物として活用できるよう研究を進めている。ビオトープ造成、幼生の放流、幼生の飼育過程などを通して研究が進展しており、中学1年生および高校1年生が各種学会・研究会でポスター発表を行った。
8.高校生両生類サミットの運営
高校生両生類サミットは、SSH指定校であるノートルダム清心学園清心女子高等学校が2020年度に立ち上げた、両生類研究をテーマとする交流会である。本校は、2024年度のSSH指定を機に、両生類研究の拠点としてその役割を引き継いだ。
2025年11月3日には、第6回高校生両生類サミットを本研究所からZoomで開催した。講義は、高橋瑞樹氏(バックネル大学生物学部准教授)、阿形清和氏(基礎生物学研究所前所長)、竹内隆氏(鳥取大学医学部特任教授)が担当した。
生徒発表には、岐阜県立大垣北高等学校、昭和女子大学附属昭和高等学校、山脇学園高等学校、広尾学園高等学校、仙台城南高等学校、津田学園中学校・高等学校が参加した。
9.科学研究のためのセミナー「生命」
生徒の科学研究を推進するため、科学研究指導で実績のある教員や生命科学分野の研究者によるセミナーを開催した。
その一環として、オオサンショウウオの解剖実習を有尾研の動物飼育室で公開実施した。参加校は、静岡県立焼津中央高等学校、岐阜県立大垣北高等学校、東京都立国分寺高等学校、昭和女子大学附属昭和高等学校であり、指導は東京慈恵会医科大学の矢野十織助教に依頼した。
10.海外の大学と連携した環境学習型海外研修の企画
環境学習を中心とした海外研修の企画を進め、マレーシアの国立ツン・フセイン・オン大学(UTHM)、サバ大学(UMS)、フィリピン大学ロスバニョス校(UPLB)との連携に着手した。
その成果として、UPLBと連携した海外研修の実施に向けて調整を進め、2025年5月に下見を行い、2026年3月10日から17日の日程で実施した。
11.大学と連携した環境学習研修会の立ち上げ
鳥取大学研究推進機構先進医療研究センターの大林徹也准教授との協議をもとに、鳥取大学および附属研究施設「蒜山の森」での宿泊研修を企画し、実施に向けた準備を進めた。
指導には、佐野淳之氏(鳥取大学農学部元教授・森林生態学)、高屋浩介氏(島根大学教育学部講師・動物生態学)、大林徹也氏(鳥取大学研究推進機構准教授・実験動物学および研究倫理)が協力した。
本校生徒に加え、高校生両生類サミット参加校にも広く参加を呼びかけ、鳥取大学教育研究林「蒜山の森」において、2025年8月2日から4日の日程で実施した。参加校は、仙台城南高等学校、山脇学園高等学校、清真学園高等学校、神奈川県立横須賀高等学校、津田学園高等学校であった。
12.学校の枠を越えた研究支援
学外において有尾類を対象とした個人研究に取り組む生徒への支援も行った。
2025年度は、広尾学園高等学校および昭和女子大学附属昭和高等学校の生徒の研究をサポートした。
総括
2025年度の山脇有尾類研究所は、研究環境の整備、動物実験倫理体制の確立、大学との連携、保全活動、生徒研究の国際的成果、全国規模の交流会運営、環境学習型研修の企画と実施準備など、多面的な展開を見せた。
本研究所は、単なる校内研究施設ではなく、有尾類を核として高校生の真正な科学研究を成立させ、さらに学校の枠を越えた教育ネットワークを形成する拠点として発展している。今後も、科学研究、環境保全、国際交流を統合した新しい科学教育モデルとして、その役割は一層重要になると考えられる。
【山脇有尾類研究所とは】
山脇有尾類研究所は、山脇学園の中に設けられた、有尾類を中心とした生命科学研究の拠点です。
ここでいう有尾類とは、イモリやサンショウウオの仲間のことです。小さな生き物ですが、その体には、生命のしくみ、進化、繁殖、発生、環境との関わりなど、生物学の本質につながる多くの問いが含まれています。
本研究所は、単に生き物を飼育したり観察したりする場ではありません。高校生が自分の問いを持ち、研究計画を立て、実験や観察を進め、考察し、発表するまでを本格的に経験できる、「高校の中の研究所」です。授業や部活動の枠を超えて、生徒を一人の研究者として育てることを目指しています。
研究所の大きな特徴の一つは、オープンラボという考え方です。校内の生徒だけでなく、必要に応じて他校の生徒や研究者ともつながりながら、学び合い、支え合う拠点であることを大切にしています。大学や専門機関と連携しながら、高校ではなかなか触れることのできない研究技術や考え方に出会える環境を整えています。
また、本研究所では、研究の成果だけでなく、研究の進め方そのものを重視しています。動物を対象とする研究では、動物実験委員会による審査を行い、倫理や手続きを大切にしながら研究を進めています。科学とは、自由な探究であると同時に、命への敬意と責任の上に成り立つ営みであることを、生徒たちは実践を通して学んでいます。
研究テーマは、アカハライモリ、イベリアトゲイモリ、オオイタサンショウウオなど、多様な有尾類に広がっています。繁殖や発生の仕組み、飼育方法の工夫、生態の理解、生物多様性の保全など、基礎研究と環境保全を結びつけた探究が進められています。校内ビオトープの整備や放流の取り組みも、その大切な一部です。
さらに、山脇有尾類研究所は、学校の外へひらかれた研究拠点でもあります。全国の高校生が参加する「高校生両生類サミット」を運営し、有尾類を研究する生徒たちが地域や学校の枠を越えて交流できる場をつくっています。ここでは、研究発表だけでなく、研究者による講義や生徒同士の対話を通して、新しい問いとつながりが生まれています。こうした取り組みは、国内だけにとどまりません。大学との連携による実習や、環境学習を中心とした海外研修の企画も進められており、生徒たちは身近な自然への関心を出発点として、アジアの自然環境や地球規模の課題へと視野を広げています。ローカルな観察からグローバルな理解へ。そこに、山脇有尾類研究所の目指す教育があります。
2025年度には、生徒による研究が国際的な舞台でも高く評価されました。日本産イモリ属の繁殖戦略に関する研究は、アメリカで開催された Regeneron ISEF 2025 に出場し、文部科学大臣特別賞を受賞しました。また、イベリアトゲイモリを対象とした研究も、TAMAサイエンスフェスティバルやJSECで成果をあげています。これらの実績は、特別な一部の生徒だけの成果ではなく、問いを大切にし、丁寧に研究を積み重ねていく環境の中から生まれてきたものです。
山脇有尾類研究所が目指しているのは、「女子校から世界の科学舞台へ」という道を、現実のものとして切りひらいていくことです。生徒が生命と真剣に向き合い、観察し、考え、発表し、社会とつながっていく。その歩みを支える場として、本研究所はこれからも、新しい科学教育のかたちを創り続けていきます。















