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授業「生命」 28回  京都大学大学院理学研究科 阿形清和先生

2010年2月22日

 プラナリアを使って再生の研究を研究している阿形先生と博士後期課程1年の岡本さんが来校された。実際に、研究で使っているプラナリアを持ってきて、プラナリアの形態観察、切断実験、再生過程の組織観察など楽しい講義であった。

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実験をしながら講義を展開

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本校卒業生(D1)の指導

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プラナリアの再生とは?

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特定の組織を染めて再生過程を観察

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阿形先生も直接指導

【生徒の感想】
 今日初めて本物のプラナリアを見ました。今までテレビや教科書でしか見たことがありませんでしたが、思っていたよりも大きいと思いました。全身がが再生するというような特別な能力を持っている生き物は肉眼で見られない微生物しかいないと思っていました。なのでプラナリアが肉眼で見ることのできる大きさだったことに少し驚きました。
 プラナリアはいくら切っても死にません。今日、自分で切ってみてそのことを初めて実感しました。しかし、潰すと死んでしまうということはどういうことなのでしょうか。切ると再生するのに潰すとどうして再生できないのでしょうか。このことが非常に気になります。
 一番最初に自分でプラナリアを切ったとき、うまく切れていませんでした。しかし、すぐに自分で体を切り離しました。うまく切れていない場合は元に戻ろうとするのではなく、分裂してしまうということがわかりました。プラナリアは傷を負ったとき、繋がって元の個体に戻るということはないのでしょうか。もし元に戻るなら、彼らにとって元に戻ることと分裂することのどちらの方のリスクが大きいのでしょうか。
 再生1日目と3日目の個体を観察したとき、一番よく動いていたのは胴部でした。両方ともまだ頭が出来ていないのに意思を持ったように動いていました。頭がないのに動けるのもすごいと思いましたが、これらの個体に意思はあるのでしょうか。頭部があるものとないもので光の認識を調べていましたが、光が認識出来ないように意思もないのでしょうか。でも、それでも生きていられるのがやはりすごいと思いました。
 また、再生について付加再生と再編再生という二種類の再生方法があるということを知りました。このプラナリアの再生方法についての説明がちょっとよくわからなかったのですが、プラナリアはどちらでもなく、両方の性質を合わせもった再生をするということだったのでしょうか。わかっていなくてすみません。
 プラナリアは元々興味があった生き物だったので、こうして観察したり実験をして色々なことを知ることが出来て本当によかったです。

  • 投稿者 akiyama : 18:30

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