パソコン内のファイルを整理するためにあれこれと見返していたところ、『高校化学グランドコンテスト ドキュメンタリー 高校生・化学宣言 part 6』という本に掲載するために、生徒が当時書いた原稿が見つかりました。そこで今回、内容に大きく手を加えることはせず、簡単な校正を行ったうえで公開することにしました。
なお、ここに示す文章は、生徒自身が研究の歩みを振り返って書いた原稿です。そのため、書籍に掲載された校正済みの文章とは異なり、表現や構成にやや不自然な部分が残っている点については、あらかじめご理解いただければ幸いです。
本書は2013年3月31日に発行され(ISBN 978-4-86010-328-6 C023)、化学グランドコンテストにおいて「審査委員長賞」を受賞した研究を取り上げています。本稿では、その研究に生徒たちがどのように向き合い、試行錯誤を重ねてきたのかを紹介しています。
生徒たちと夜遅くまで生物教室で過ごしていたのは2012年のことでした。あれから14年が経ち、当時の日々がずいぶん遠い過去になったことを、改めて実感しています。
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1.研究のきっかけ
私たちの研究生活は、高校1年生の初夏、高校生活がひとまず落ち着いた頃に始まりました。私たちの学校は、文部科学省スーパーサイエンスハイスクール(SSH)の指定校で、科学分野への進学を見据えて課題研究に取り組める設備の整った生命科学コースがあります。
中高一貫校であるため、中学生の頃から、高校の先輩たちが壇上で堂々と研究発表をしている姿を目にしてきました。その姿を見て、「かっこいい」「自分たちもやってみたい」と憧れを抱き、生命科学コースへの進学を決めました。
この研究を始める直接のきっかけは、授業中に先生からあった「酵母班のメンバーが足りないので、誰か来てほしい」という呼びかけでした。ちょうどその頃、課外授業として福山大学での実習があり、そこで酵母菌を扱う実験を行いました。さまざまな場所から酵母菌を採取するという内容で、酵母菌が土の中や花の中にも生息していることを知り、大きな驚きを覚えました。
さらに、酵母菌という小さな微生物が、パンの発酵やお酒の醸造など、私たちの生活に深く関わっていることを知り、その奥深さに強く引きつけられ、研究に参加することを決めました。
2.研究の目的
研究対象を酵母菌に定めたものの、具体的な研究テーマを決めるまでは試行錯誤が続きました。その中で、メンバーの一人が「バイオエタノール」に関する問題を提案しました。
現在、地球環境問題の一つとして、エネルギー問題や化石燃料の枯渇が深刻化しています。その対策として、じゃがいもやトウモロコシなどのデンプンを原料としたバイオエタノールが利用されていますが、一方で、食料との競合や価格上昇といった新たな課題も生じています。
そこで私たちは、デンプンとよく似た構造をもつセルロースを原料にできれば、廃材などを活用した、より環境に優しいバイオエタノールが生産できるのではないかと考えました。
既存の研究を調べたところ、セルロースを糖に分解する際にはセルラーゼが用いられ、その糖をエタノールに変換するためにアルコール発酵能をもつパン酵母が使用されていることが分かりました。そこで私たちは、この工程で用いられている「酵母菌」に注目しました。
パン酵母はアルコール発酵能を持つ一方で、セルロース分解能は持っていません。しかし、酵母菌は種類によって性質が異なるため、セルロース分解能を持つ酵母菌、さらには両方の能力を併せ持つ酵母菌が存在するのではないかと考えました。
もし、セルロース分解能とアルコール発酵能を同時に持つ酵母菌を見つけることができれば、従来の二段階の工程を簡略化し、1種類の生物のみでバイオエタノールを生産できる可能性があります。そこで本研究では、両方の能力を併せ持つ酵母菌を探索することを目的としました。
3.研究の経緯とエピソード
<酵母菌を得るために>
まず、酵母菌(以下、酵母)を採取する分離源として花を選びました。花には、酵母の栄養源となるグルコースを含む蜜が存在するため、適していると考えたからです。野生種や園芸種など約70種の花から酵母を採取した結果、ツツジの花から最も多くの菌株を得ることができました。
酵母の単離方法は、酵母研究を行っていた先輩から教えていただきました。ツツジの花の奥部を綿棒でこすり取り、3種類の寒天培地(YPG、YPM、PDA)で培養しました。培地の栄養条件を変えることで、より多様な酵母が生育すると考えたからです。
単離作業で特に大変だったのは、頻繁な滅菌作業でした。酵母を空気中にさらすと、カビなどの他の微生物が混入する可能性があるため、作業はクリーンベンチ内で行いました。竹串をアルコールランプで滅菌して植え付けを行っていた際、無菌化された風にあおられて火がアルミ箔に移り、下に敷いていたキムタオルに引火するという事故が起こりました。
後に「クリーンベンチぼや事件」と呼ばれるこの出来事は、今では笑い話ですが、当時は本当に冷や汗をかきました。もちろん、その後、先生から厳しく注意を受けました。
酵母の分離源となるツツジの採取は、中国地方広域および岡山大学構内で行いました。多様な環境条件がそろっているため、さまざまな酵母が得られると考えたからです。培地の数は膨大となり、毎日カビの混入や単離状態の確認を行う必要がありました。4か月近く続いた地道な作業の末、最終的にすべての酵母を無事に単離することができました。
4.研究結果
セルロース分解能およびアルコール発酵能の確認実験の結果、花から分離した多くの酵母菌が、両方の能力を示すことが分かりました。特に、ツツジの花から分離した酵母菌の中には、セルロース分解において明確なクリアゾーンを形成し、アルコール発酵実験でも二酸化炭素の発生が確認できる菌株が複数存在しました。
当初は、両方の能力を持つ酵母菌はごく少数であると予想していたため、この結果には大きな驚きを感じました。一方で、「本当に正しく評価できているのだろうか」と不安にもなりましたが、対照実験や先生方の確認を通して、結果を受け止めることができました。
5.考察
今回の研究から、自然界にはセルロース分解能とアルコール発酵能を併せ持つ酵母菌が、想像以上に存在している可能性が示されました。花という環境は糖分が豊富であると同時に、植物の細胞壁由来のセルロースにも触れる機会があり、両方の能力を持つ酵母が生存しやすい環境であると考えられます。
また、本研究で見いだした酵母菌を利用できれば、バイオエタノール生産工程の簡略化や効率化につながる可能性があります。一方で、今回は定性的な評価が中心であったため、今後は定量的な解析が課題であると考えています。
6.今後の展望
今後は、セルロース分解速度やエタノール生成量を定量的に測定し、既存の酵母と比較していきたいと考えています。また、培養条件の検討を通して、より高い効率が得られる条件を探っていきたいです。
7.研究を通して
この研究を通して、微生物研究の面白さと同時に、地道に続けることの大切さを学びました。結果がすぐに出ない中でも、仲間と励まし合いながら続けた経験は、将来どのような進路を選んでも必ず生かせると思います。
目に見えない小さな酵母菌が、環境問題の解決につながる可能性を秘めていることを知り、研究の意義を強く感じました。今後も身近な疑問を大切にしながら、科学的に考え、挑戦し続けていきたいです。














