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マイクロチップを使ったアカハライモリの生態調査

2006年3月29日

清心女子高等学校  秋山繁治

生態調査の方法
生態調査では,標識再捕法がよく使われてきた。標識再捕法は,調査地域の個体群の一部を捕獲し,標識をつけてから放し,再捕獲して,再捕獲したときの標識個体の割合から全体を推定する方法としてよく知られている。また,一定の時間を経過した後の再捕したときの位置情報から,移動方向や距離を調べることによって,季節移動のパターンなどを調べるのに使われてきた。標識は,昆虫では頭部や翅の一部に印をつけたり,ヘビでは鱗の一部を切断したり,カメでは甲羅に穴をあけたりする。両生類のカエルでは,指切り法(Toe Clipping:左右前肢及び左右後肢の指を切断して個体識別する方法)がよく使われてきた。この標識法の他に,最近になって,マイクロチップを埋め込む方法,色素を注入する方法(注1),発信機を装着する方法などの新しい手法が開発されてきている。

アカハライモリについての調査方法の検討
今回はアカハライモリの調査は,繁殖期や越冬期の移動パターンを調べることを目的にして行った。そのため集団としてでとらえるだけでなく,個体識別して,個体ごとの移動を追跡することが必要となった。先に述べたように同じ両生類のカエルでは,指切り法で個体識別できるが,アカハライモリでは,再生力があるので長期間個体を識別するには不向きである。また,また,オオサンショウウオなどでは,体の模様(スケッチや写真)から個体識別しての調査が行われてきたが,多数のイモリを扱う場合には適切でないと判断した。また,色素を注入する方法においては長期間もたないこと,発信機をつける方法では,今の技術レベルではイモリの体に比べて発信機が大きすぎて,行動に制限がかかることが推定されることと,経済的負担が大きいことを理由に導入を断念し,最終的にマイクロチップの埋め込みによる方法を試みることにした。

マイクロチップによる方法
マイクロチップは,犬などの動物を登録して迷子になった場合に迅速に見つけ出すことを目的に(注2),日本獣医師会が導入を機関決定して話題になったことがある。皮下に小さな固有の番号を発信するチップを埋め込んで,外からリーダーで読み取ることによって個体識別ができるようになっている。体の一部に注入しているので,なくなることがないのが利点である。機器は数社(注3)から出ているが,今回の調査では,現在日本で最も多く使用されているトローバン社のものを使用した。トローバン社製のシステムは,体内に埋め込むチップ(トランスポンダー)と注入用針のセット,注射器,リーダー(LID 500 Hand Held Reader:写真1,LID 570 Pocket Reader:写真2)からなる。LID500は16~20cm離れたところから広域にデータの読み取りができるので,一度に数匹のイモリのデータを読みとることができる。LID570は携帯用であり,2~3cmに接近した状態でないと読み取ることができないので,一匹ずつ読み取る際に補助的に使用した。チップはリーダーによって作動するので,メンテナンスもバッテリーも必要ない。

(写真1)


(写真2)

チップの打ち込み方
チップ(ID 100 Implantable Transponder:写真3)は2.12×11.5mmの大きさがあり,イモリに打ち込む針(直径2.12mmのパイプ状針:写真4)を使って体腔に挿入する。肝臓に傷がつかないように,針の先端を下腹部から挿入し,半分挿入した段階で針を回転させて,チップをゆっくりと押し込み,針が奥まで入らないように腹部をつまんでチップを体腔に移動させた。この方法で死亡した個体はいない。深く刺して傷口を大きくすると腹圧で腸が体外にでてくるので注意を払う必要がある。

(写真3)

(写真4)

読み取ることのできるデータ
リーダーで読み取れるトランスポンダーの情報は,「00-061D-55A0」のような10文字の英数文字配列・識別コード(IDナンバー)で,再捕したときの個体識別をおこなう。各トランスポンダーには,5500億の変更不可能かつ固有のID番号が,製造時にプログラムされていて,改ざんできないシステムになっている。購入時でも並んだ番号などの指定はできない。チップ内には,コイルが入っており,リーダーからの電磁波に対してコイルが発した共振周波数を読み,ID番号に変換してリーダーの液晶画面に表示する仕組みになっている。
チップを打ち込んだ影響イモリ20匹にチップを埋め込んだが、2ヶ月間の実験室内での飼育では、死亡した個体はいなかった。また、チップの脱落もなかった。
調査地のイモリの自然観察
調査地は標高約700mの地点で,冬期にはかなりの積雪がある地域である。調査地の水田側溝の水温は夏期19℃,冬期0.5℃くらいである。雪が解け,田植えの水が入る4月下旬から活動を開始する。5月になると行動範囲を水田全域に広げ,9月初旬まで活発に活動する。夏期に水温が30℃以上になると,水田の出水管の中や湧水が流れこむ水温の低い溜まりに移動している.繁殖期は5月から7月上旬であり,雄が雌の吻端で尾を震わせたり,雌が雄の後を追うといった配偶行動が見られる。卵は1個ずつ稲などに,葉にくるむようにして産み付ける。7月頃から幼生は水田内の溜まりで多く見られたが,9月中旬には変態して陸に上がる。イモリは水温の低下とともに活動が低下し,12月には落ち葉やビニール袋の下などに多数集まって塊状になっていた。積雪下の水田側溝の水温は1℃くらいで,イモリはほとんど動かない。この状態で冬を越していると考えられる。


(写真5)

マイクロチップによる調査
調査地域は,イモリが多数生息している水田を選んだ。水田の広さは約20m×70mで,コンクリートの水田側溝が設置されている。水田側溝は川に流れ込む水路につながっている。今回の調査では,繁殖期後(7月)から越冬期(12月)までのイモリの行動圏を調べることと,コンクリートの水田側溝の設置によって流されていく個体があるかどうかを調べることを目的に行った。(写真5)
チップの埋め込みは,6月(113匹),9月(73匹)に実施し,一日チップの打ち込みによる異常がないかどうか様子をみて放流した。調査は,水田側溝を中心に,水路を一定の区画に分けて,個体数と再捕個体を記録した。
6月に113匹を水田と水路に放流したが一か月後に水路では2匹しか再捕できなかった。このことは,多くが水田で行動していたと考えられる。また,9月に73匹を水田側溝に放流したが,10月から積雪前の11月まで,約30匹が再捕できた。個体識別して,移動距離などを追跡すると,よく動くものでは50mは移動することがわかった。また,水田側溝から流されて下流の川まで流されている個体もあることを確認した。
イモリを集団としてみた場合は,繁殖期は水田で行動するものが多いが,9月から水田内の水が少なくなるとともに水田側溝に移動してきて,多いときには1000匹以上が生活場所として利用していることがわかった。12月からは積雪のために調査が困難であるが,この調査をさらに一年間を続けて,イモリの生態の一部でも解明したいと思っている。詳細な記録についてはさらにデータを取り,解析して次の機会に報告したい。
最後に 現在,世界規模で両生類が減少している。その原因は地域によって様々だが,人間生活が影響していることは確実である。「両生類」は水と陸地の両方の環境で生活しているということであるが,両方に生きられる便利な生物ということではない。むしろ,両方の環境がないと生きられない,つまり,生息環境の変化に影響されやすい生物だということを意味している。減少の理由については,地域によっていろいろな理由,例えば,紫外線の増加による卵の発生異常,水質汚染,土地の造成による繁殖場所の消滅などが考えられる。
日本では,両生類の顕著な減少は特に水田で起こっている。水田の周辺環境を生息場所に使っている両生類は,水田の減少や圃場整備による環境の改変によって減少しているのである。圃場整備とは,稲作の効率化を目的とした改修工事である。旧来の水田は一枚の面積が小さく,形も不規則なので大型の機械を導入するのには不向きなであった。このため分散した田をまとめて大きくし,直線的に区画整備がおこなわれてきた。水田の水路も,メンテナンスの容易さを考えて,コンクリートのU字溝が敷設され,使わない時期は乾燥化してしまう構造になっている。この工事は,農業の効率化を中心に行われたもので,水田で生息する生物への配慮はなされていない。その結果として両生類に大きな影響が出ているのである。例えば,ダルマガエルは岡山市内吉井川河口付近などの岡山県南部水田地帯に昭和30年代まで多く分布していたが,激減し,現在ではごく限られた地域に点在して生息しているにすぎない。ダルマガエルは一生を水田付近で過ごすので,水田が一時的に乾燥するだけでも生息することができない生活様式であるゆえに環境の改変の影響を直接的に受けたものと考えられる。こうして,市街地だけでなく,水田がある農作地域でも全国的にカエルが消えているのが現状である。
イモリやサンショウウオの生態については,まだまだわかっていないことが多い。今回紹介したことを含め,様々な方法で両生類の生態を解明することによって,両生類への理解がすすみ,その保護に役立てればいいと思う。
なお,本研究は平成13年度科学研究費助成金(奨励研究(B))を受けて進めたものの一部である。

(注)
1)色素注入法について
アメリカのノースウエスト・マリーン・テクノロジー社製で,Visual Implant fluorescent Elastomer (VIE) tagsというものがある。特に魚類での実績がある。色素は,暗闇でUVを当てると蛍光を発する。寿命は1年位。米ウエストバージニア州立マーシャル大学では,州で保護されているサンショウウオ(グリーンサラマンダーAneides aeneus,ケイブサラマンダーEurycea lucifuga)の生活史の研究に色素注入法が使われており,弊害が無く,効果的であることが確かめられている。色素については,短期間で,多くの個体に標識して集団の動きを調べる場合に適している。
http://www.mp1-pwrc.usgs.gov/marking/vie.html

2)岡山県での犬の登録へのマイクロチップ導入について
平成12年度から,犬の登録の権限が市町村へ委譲されている。岡山県下ではマイクロチップを導入しているところはなく,また,導入の予定も今はない。一方,岡山県獣医師会では,海外へ犬,ねこを移動さす場合にマイクロチップの埋め込みの必要があることから,マイクロチップ及びリーダーを1台準備している。
3)マイクロチップの入手について
次の会社が扱っている。
トローバン社(販売:サージミヤワキ)
http://www.trovan.com/
デストロン社(販売:大日本製薬)
http://www.destronfearing.com/index.html
データマース社(販売:富士平工業・共立商事)
http://www.datamars.com/
AVID社(販売:共立商会)
http://www.avidmicrochip.com/index.htm
http://www.flex.net/~avid/index.html

  • 投稿者 akiyama : 16:05

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