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『有尾類研究所という思想』の内容と目次

2026年10月 6日

パンフレット4種yoko.jpg

新年度を迎え、これまで文部科学省のSSH(スーパーサイエンスハイスクール)事業において、支援をいただきながら開発してきた教育プログラムの構築過程を、原稿(このこのホームページに公開するだけになるかもしれません)にまとめようと思い立ちました。
今年で70歳になります。世間では「老害」と揶揄されることもある年齢かもしれませんが、来年3月で教育現場を去るので、誰かに参考にしていただけることがあればいいと考えています。

■書名:『有尾類研究所という思想』
 テーマ:観察から制度へ、そして自由へ
「観察によって生まれた問いを、制度によって支え、人間の自由へと接続する教育の思想」

■ 内容紹介
本書は、高等学校における科学教育の実践の経験をもとに、「人はどのようにして自由になるのか」という問いに応答する思想書である。40年以上にわたり、イモリやサンショウウオを対象とした生物学研究と教育実践を積み重ねてきた。その中で、教育とは知識の伝達ではなく、「問いを持つこと」「問いを深めること」「問いを持ち続けること」を支える関係の構築であるという考えにいたった。
2006年度からスーパーサイエンスハイスクール(SSH)による教育改革、生命科学コースの設立、そして学校内に研究所を設置するという試みを通して、2024年度に立ち上げた教育・研究・社会を接続する「ハブ型オープンラボ」の立ち上げにいたるまでの記録である。
本書はそれらの実践を貫く思想を提示し、教育を超えて、人間が自由に生きるための条件を問い直すものである。

■ 本書のねらい
本書の目的は、教育実践の報告ではない。教育という具体的な場を通して、「人間がどのように自由になるのか」という問いに対する一つの応答を提示する。
現代の教育は、評価・比較・競争によって構造化されている。その中で、生徒も教師も「問い」を失い、与えられた役割の中で思考することを強いられている。本書は、この状況を乗り越えるために、「関係の再構築」という観点から教育を捉え直す。
科学課題研究、性教育、海外研修、有尾類研究所といった実践は、そのための具体例である。しかし、それらは「問いを成立させる構造」を明らかにするための手段である。

■目次
序章
⓪ この本を書き残す理由()
① 教育は問いを持ち続ける条件を整える営み

第Ⅰ部 人間と科学の出発 
② なぜ有尾類を研究したのか(研究対象との出会い、思想の起点)
③ 日本のイモリ研究100年史(学術的な背景、研究史、観察と認識の思想史)
④ 観察から科学が生まれる(観察を科学と教育の双方から捉える)

第Ⅱ部 科学の基礎 
⑤ 研究倫理(科学が成立する条件としての倫理、思想の基礎)
第Ⅲ部 自然と体験から問いへ
⑥ 南西諸島での環境学習 (自然体験が問いへの契機となる)
⑦ 森林実習(身体で自然を学ぶことを問いの発生に繋ぐ)
⑧ 海外研修(異文化・異環境で教育観感を揺さぶる)

第Ⅳ部 制度としての教育
⑨ 学級通信から授業「生命」へ(生き方を問う教育として始まった学究通信、授業「生命」開講へ)
⑩ SSH・生命科学コース・研究指導(制度の内側での改革、なぜ課題研究は失敗するか)
⑪ MSECからオープンラボへ(先導的改革型SSH指定校宮崎北高校の取り組みと大学研究室の高校生へ開放)
⑫ ハブ型オープンラボの完成(なぜ無難な研究になるのか・継承できないのか・教育ネットワークの思想)

第Ⅴ部 関係としての教育
⑬ 発表する経験(技術ではなく、他者との関係を問う経験)
⑭ スーラから教育を考える(教育を制度だけで成り立つのではなく、人の距離、対等性、共同体感覚が必要)

第Ⅵ部 人間の内面
⑮ 情念と自由(教育現場を動かす教員の葛藤、自由とは何か)
⑯ 限界状況と教育(困難や破綻に直面した時の教育的意味、生徒の実例)
⑰ 勇気づけと自由(支配ではなく自由に向かう関係、制度との衝突)

第Ⅶ部 評価
⑱ 評価は人間を自由にするか(評価が人間を縛る、自由と接続、SSHの評価指標・JSECの評価7項目・ISEFの審査基準)
⑲ 安全と責任(自由な教育を支える制度)

第Ⅷ部 終章
⑳ 有尾類研究所という思想7500字(再現可能性・他校での実装条件・継承の方法・失敗しても残るもの)

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  • 投稿者 akiyama : 13:59

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