• ぼうぼうどりの生物教室
  • ぼうぼうどりの生物教室
  • ぼうぼうどりの生物教室
  • ぼうぼうどりの生物教室
  • ぼうぼうどりの生物教室
  • ぼうぼうどりの生物教室
  • ぼうぼうどりの生物教室
  • ぼうぼうどりの生物教室

動物実験委員会 ④動物倫理の議論で重視されること

2025年3月 4日

DSCN3307.JPG

畜産動物は、最終的に人間に殺されて食べられますが、生きている間の福利の向上を目指しています。これは現状で殺処分を避けるための取り組みの対象になっている犬や猫とは異なります。畜産動物も内面的な豊かさをもつという点には違いがないのに、犬や猫と扱いが異なるのはおかしいという意見もあると思いますが、犬や猫と異なり身近に接することが少ないので、その内面を考慮する機会がこれまでなかったかもしれません。動物福祉(Animal Welfare)の考えを重視する必要があります。
 また、「生物は皆同じ命だ」という考えで、動物を食べることの是非を考えると、植物も、人間が生きていくために犠牲になっているのに、植物を食べることは許され、一方で、動物を食べることは許されないという論理は正しくないと言われるかもしれません。しかしながら、動物は、植物とは異なり、人間が喜び、興奮、期待などを自分や他者のなかに見いだしていると同じ内面が動物もあると考えると、その特徴を尊重することが重要ではないしょうか。動物の死と植物が枯れることを同等とは考えられません。畜産動物を育てるためには大量の植物の命が必要で、人間も健康に生きるために動物を殺して食べることが必要だとしても、動物を食べるのは本当に必要な分だけにして、人間が植物を主に食べるようにすれば、動物の犠牲はずっと小さくできます。少しでも動物の犠牲を減らそういうのが動物倫理では重視されます。
 畜産動物は食べられることを想定して改良もされているので、動物の被る苦痛を知りながらも、食べるために殺すことに疑問を感じないかもしれません。そして、畜産動物は食べることが認められているのに、倫理的に考慮すること自体に反発を覚える人さえいるかもしれません。しかしながら、畜産動物であっても、個々の幸せがあり、内面をもって生きているのは事実で、人間と同じ特徴をもつ存在に対して、人間が利用するための単なる道具とみなせるかどうかを再考する必要があります。内面をもつ存在として動物を理解することが、肉食をやめるべきだという判断に直ちにつながるわけではありませんが、倫理的な観点から動物の扱いを考え直す必要があるということは事実です。動物倫理を考えることによって、動物の苦しみや喜びについて真面目に考え、人間の考え方の中にある齟齬を少しでも解消し、私たち自身の誠実に生きようという姿勢につなげたいと考えています。現在、実験動物の取り扱いについて、社会的にも生命倫理や動物愛護の観点から見直が行われ、法的規制や学会等から実験指針が出されています。

  • 投稿者 akiyama : 12:56

最近の記事

スピノザのいう自然権とは
ます、スピノザの自然権を理解するために『神学・政治論』の第16章の2節から5節をまとめてみます。 第16章 2節 自然権とは「各個物の力の及ぶ範囲」である。 スピノザはまず、「自然の権利」とは何かを定義します。ここでいう自然権とは、道徳的に正しい権利や、人間社会の法律上の権利ではありません。自然の中に存在するすべての個物が、自分の本性に従って存在し、活動する力そのものを意味します。 たとえば、魚…続きを見る
『有尾類研究所という思想』観察から制度へ、そして自由へ
新年度を迎え、これまで文部科学省のSSH(スーパーサイエンスハイスクール)事業において、支援をいただきながら開発してきた教育プログラムの構築過程を、一冊の本にまとめようと思い立ちました。 今年で70歳になります。世間では「老害」と揶揄されることもある年齢かもしれませんが、来年3月で教育現場を去る私にとって、これは自身の歩みの集大成だと(いささか手前勝手ながら)考えています。 もっとも、引き受けて…続きを見る
恩原湖付近の水田風景(雪解け)
先月、恩原湖を訪問した際には、残雪によって水田は完全に覆われていました。そこから14日が経過し、雪はすっかり解けていましたが、現れた水田は休耕田となり、枯れた草に覆われた状態でした。5年前に最後に訪れたときには、春には水が張られていましたが、耕作されていた方が亡くなられた後、放棄されたようです。 この場所を訪れると、雉に出会ったり、水田の脇でシュレーゲルアオガエルが白い泡状の卵塊を産んでいたりと、…続きを見る
「高度経済成長の熱気」と共に育ち、成熟社会への転換点で社会へ出た世代
1956年に生まれ、1979年に大学を卒業した私は、「高度経済成長の熱気」とともに育ち、成熟社会への転換点で社会に出た世代である。1956年は、フランクルの『夜と霧』という「意味への意志」を問う名著が日本に紹介された年でもある。激動の25年を経て、「変わっていく時代に何を信じればよいのか」「教育は何のためにあるのか」、そして「これから残された人生をどのように生きるのか」という問いに向き合わざるを…続きを見る
no image
映画アニメ『ひゃくえむ』は2025年公開されたドラマで、100m走に取り組む選手の生きざまとして、その「才能」「努力」そして「何のために生きるのか」という根源的な問いが扱われていました。 物語の主人公は、生まれつき足が速く、100m走で常に1位を走り続けてきたトガシ。彼にとって「速さ」はアイデンティティそのものであり、周囲を見下す唯一の根拠でした。しかし、理論派で執念深い小宮という男との出会い、そ…続きを見る
山脇有尾類研究所事業報告(2025年度)
山脇有尾類研究所は、2024年度のSSH指定に向けた準備組織にとどまるものではなく、「女子校から世界の科学舞台へ」という大きなビジョンを具現化するための、科学教育の新たな拠点として機能している。本研究所は、高校生の科学研究を支える存在として、次の三つの役割を担っている。 第一に、「真正な科学研究」の実践の場としての役割である。従来の高校の授業や部活動の枠を越え、大学の研究室に匹敵する「オープンラ…続きを見る

このページの先頭へ