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岡潔先生のいう「情緒」とは何か

2026年7月 8日

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岡潔のいう「情緒」は、現代でいう「感情」や「気分」とはかなり異なります。
 情緒とは、人間が世界の価値を感じ取り、創造へ向かう根源的な働きです。岡潔は、情緒を心理学的な感情ではなく、人間存在の最も深い基盤として考えていました。情緒は「感じる力」である。岡潔は、子どもが花を見て、「きれいだ」と思うことを大切にします。そのとき子どもは、「花弁は五枚である」という知識を見ているのではありません。「美しい」、「不思議だ」、「何だろう」という心の動きを経験しています。この世界との最初の出会いが情緒です。つまり、情緒とは、世界を価値あるものとして受け止める力なのです。情緒は知識より先にある
 岡潔は、知識があれば創造できるとは考えませんでした。逆に、情緒が豊かだから知識が生きると考えました。例えば、ある子どもが川へ行って、イモリを見つけます。「珍しいな」、「かわいい」、「どうしてここにいるのだろう」と思う。そのあとで、図鑑を調べる。論文を読む。実験する。つまり、情緒が知識を呼び寄せるのであって、知識が情緒を生むのではないのです。情緒は直観を生む。岡潔は数学の発見について、何年も考え続けたあと、突然、「これだ。」と分かる瞬間があると言います。これは論理ではありません。論理以前の働きです。その後になって証明を書きます。つまり、情緒、直観から論理、証明へという順番です。情緒は人格全体の働きである岡潔は、情緒を道徳、美、自然、他者への思いやり、すべてを含む人格の中心として考えています。だから、知識だけ増えても、情緒が育たなければ、人間は創造的にならないと言います。岡潔は情緒を「育てるもの」と考えた。ここが教育では最も重要です。情緒は、教えるものではありません。育つものです。だから岡潔は、自然、家庭、芸術、文学、遊びを非常に重視しました。それらが情緒を育てるからです。

『有尾類研究所という思想』との関係
これまでの教育実践で、「問い」を教育の中心に据えてこられました。岡潔の思想を学ぶむことで、その一歩前にある、「情緒」の存在が見えてきました。それは、情緒→ 問い→科学という流れです。例えば、有尾類の飼育では、毎日観察する。小さな変化に気づく。生命を心配する。「今日は元気がない。」、「昨日より泳ぎ方が違う。」、そうした生命への感受性が育ちます。その感受性があるから、「なぜだろう。」という問いが生まれる。そして、実験が始まり、研究になっていく。つまりこれまで長年実践してきた観察から科学へという教育は、情緒が育つ条件や制度を学校の中に構築したと説明できます。岡潔が「創造性の源泉」を語ったのに対し、私は「その源泉が育つ場をどう設計するか」を学校で考えてきたことになります。

  • 投稿者 akiyama : 20:04

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