二〇〇六年度、清心女子高等学校に生命科学コースが開設された。これが、私にとって科学教育改革の大きな出発点であった。
しかし、生命科学コースは、単に理系進学者を増やすためのコースではなかった。医学部、薬学部、生命科学系学部への進学実績を掲げるためにつくったものでもなかった。むしろ、それまでの学校教育の中では十分に育てられてこなかった、生命に向き合う感受性、自然の中で問いを持つ力、そして自分の研究に責任を持つ姿勢を育てるために構想したものであった。
そのため、生命科学コースの最初の一年には、科学研究そのものが本格的に始まる前に、三つの大きな教育プログラムを導入した。四月からの授業「生命」、七月の森林調査を中心とする森林実習、そして三月のサバ大学での海外実習である。これらは、研究成果を早く出すための前段階ではなかった。生徒が、生命や自然や世界に対して、自分自身の問いを持つための経験であった。
研究は、方法だけでは始まらない。知識だけでも始まらない。岡潔の言葉を借りれば、問いは情緒から生まれる。森の静けさに触れ、雨や霧を体験し、異なる文化や自然に出会い、生命の不思議さに心を動かされる。そのような経験の蓄積があって初めて、生徒は「なぜだろう」と問うようになる。授業「生命」、森林実習、海外実習は、まさにその情緒が育つ場を、学校の制度としてつくろうとした試みであった。
スピノザの考えに照らせば、教師は生徒の内面を支配することはできない。教師が生徒に問いを与えることもできない。問いは、生徒自身の中にある生きようとする力、すなわちコナトゥスからしか生まれない。教師にできるのは、その力が理性として働き始める条件を整えることである。生命科学コースは、その条件を整えるための制度であった。管理でもなく、放任でもない。生徒が自分の問いを持ち、その問いに責任を持って向き合うための教育環境であった。
二十年が経過した今、生命科学コースは、科学研究において全国でも高い成果を出し続けている。ISEFに出場するような研究も生まれている。その意味では、このコースは失敗したのではない。むしろ、教育実践としては、確かな成果を残してきたと言ってよい。
それにもかかわらず、生命科学コースが閉じられようとしていることに、私は深い寂しさを感じている。ただし、それは単に、自分がつくったものが失われるからではない。私がより強く危惧しているのは、学校が時代を深く理解して教育を刷新するのではなく、世の風潮に表面的に反応するだけになっているのではないか、ということである。
私学にとって生徒募集は重要である。進学実績も無視できない。社会の変化に対応することも必要である。そのことはよく分かる。しかし、進学先を看板にし、コース名を細かく分け、時代に合っているように見せることが、本当に教育改革なのだろうか。社会の風潮を理解することと、風潮に反応することは違う。理解とは、時代の奥にある不安や願いを読み取り、学校が何を守り、何を変えるべきかを考えることである。反応とは、目の前の流行や競争に合わせて、外から見えやすい形を素早く変えることである。
賢く、狡猾に、素早く反応することは、一見すると現実的である。しかし、それは非常に危険でもある。なぜなら、反応だけで動く組織は、自分が何を大切にしてきたのかを見失うからである。制度は残っていても思想が失われる。SSHという看板は残っていても、生徒が問いを持つ条件は痩せていく。研究成果は出ていても、そこに至るまでの情緒や時間や共同体が削られていく。
吉田松陰の「至誠」は、単なる熱意ではない。自分が正しいと信じたことに対して、行動と責任を引き受ける生き方である。ただし、松陰の至誠には危うさもあった。自分の正しさを絶対化すれば、他者の声を聴けなくなる。だから、現代の教育における至誠は、自己の信念を貫くだけでは足りない。生徒の声、保護者の願い、教員の迷い、専門家の助言、そして言葉を持たない生命の状態を聴き取りながら、制度を育てていく誠実さでなければならない。
生命科学コースで私が試みたのは、至誠という言葉を借りれば、生徒が自分の問いに誠実に向き合える場をつくることであった。自分の信念を押しつけるためではなく、生徒が自分自身の問いを見つける場をつくること。生命に触れることの意味と責任を、学校教育の中で考え続けること。科学研究を、特別な生徒だけの成果競争にせず、学校の中に開かれた学びの共同体として位置づけること。それが生命科学コースの思想であった。
私は、退職した者として、今の学校の方針を変える立場にはない。組織には組織の事情があり、時代の圧力もある。生徒募集の困難、少子化、コロナ禍以後の学校選択の変化、女子校を取り巻く環境の変化。そのすべてを無視して、ただ理想だけを語ることはできない。
しかし、それでも言い残しておきたいことがある。
生命科学コースは、まだ今の時代に応え続けることができる教育であった。むしろ、今の時代だからこそ必要な教育であった。AIが情報を瞬時に集め、社会が効率と成果を求め、人間が自分で感じ取り、考え続ける時間を失いつつある時代に、生命科学コースが大切にしてきたものは古くなっていない。自然の中で立ち止まること。生命の小さな変化に気づくこと。自分の問いを持つこと。結果がすぐに出ない研究に耐えること。他者とともに考えること。これらは、これからの教育において、ますます必要になるものである。
もし生命科学コースが閉じられるなら、それは生命科学コースが時代遅れになったからではない。むしろ、学校が時代の深い要求を読み取るよりも、表面の風潮に反応する方向へ傾いたことの結果ではないかと、私は感じている。
そして、この危うさは清心女子高校だけの問題ではない。有尾類研究所もまた、同じ危険の中にある。SSHという看板のもとで注目され、研究成果を出し、外部から評価されているように見えても、そこにある思想が継承されなければ、私の退職後、短い時間で消えていく可能性がある。制度は、思想を失えば管理になる。研究所は、問いを失えば施設になる。SSHは、自由を失えば看板になる。
それでも、私は絶望しているわけではない。生命科学コースが閉じられても、そこで育った生徒がいる。森林実習で森を歩いた生徒がいる。授業「生命」で自分の生き方を考えた生徒がいる。海外研修で世界の広さを感じた生徒がいる。有尾類の卵や幼生を観察しながら、生命の時間に触れた生徒がいる。その経験は、学校の制度が変わっても、簡単には消えない。
教育の本当の成果は、コース名や募集パンフレットの中に残るのではない。生徒の中に残る。教員の記憶に残る。次に何かを始めようとする人の判断の中に残る。制度は消えても、思想は、誰かが受け取れば残る。
だから私は、生命科学コースを閉じることへの思いを、単なる批判としてではなく、一つの問いとして残したい。
学校は、時代に反応するだけでよいのか。
教育は、進学先を看板にすることで刷新されるのか。
科学研究は、成果を出すためだけにあるのか。
生徒が自分の問いを持つ条件を、学校は本当に守ろうとしているのか。
生命に向き合う教育を、これからの時代にどのように残すのか。
この問いに答える責任は、もう私だけのものではない。けれども、この問いを立てた責任は、私にある。二十年前、生命科学コースを開いたとき、私はその問いを学校の中に置いた。今、その制度が閉じられようとしているなら、最後にもう一度、その問いを言葉として残しておきたい。
教育とは、風潮に反応することではない。
教育とは、時代の奥にある人間の不安と希望を理解し、生徒が自分の問いを持てる条件を整えることである。
生命科学コースは、そのために生まれた。
有尾類研究所も、そのためにある。
もしそれらが消えるとしても、そこに込めた思想まで消してはならない。
それが、私が最後に残しておきたい思いである。














