SSHで教育課程を刷新してから三年目には、二〇〇八年八月のSSH生徒研究発表会で科学技術振興機構理事長賞を受賞するなど、生徒の研究が学会や研究発表会で成果を示すようになった。さらに五年をかけて、研究発表会を主催し、大学の施設で指導を受け、他校の生徒や大学の研究者と交流し、研究成果を国外の学会などで発表する機会も広がっていった。
実際に、清心女子高校で行ってきた課題研究は、国内の発表会から、国際的な発表の場へも広がっていった。二〇一五年十一月には、マレーシアで開催された International Conference on Biodiversity 2015 において、森林の多様性と二酸化炭素吸収に関する研究、外来種ミシシッピアカミミガメが日本在来のカメ類に及ぼす影響に関する研究が Best Poster Award を受賞した。同じ学会では、絶滅危惧サンショウウオの飼育下繁殖技術や、核移植による両生類クローン作成技術についても発表した。
二〇一六年八月には、中国で開催された The 8th World Congress of Herpetology において、オオイタサンショウウオの飼育下繁殖技術に関する研究を口頭発表し、ミシシッピアカミミガメが日本在来のカメ類に及ぼす影響についてポスター発表を行った。さらに二〇一八年五月には、インテル国際学生科学技術フェア(ISEF)二〇一八において、「木質バイオマスからバイオエタノールを生産できる花酵母の研究」が微生物学部門優秀賞四等を受賞した。
こうした国際的な発表の場では、研究の背景を英語で説明し、方法を示し、結果を図表で伝え、質問に答えることが求められる。生徒にとって英語は、国際交流の場で挨拶をするための言葉から、自分たちの研究を海外の研究者や生徒に向けて説明し、質問を受け、その質問を通して研究を考え直すための言葉へと変わっていった。
生命科学コースでは、二〇〇六年度から学校設定科目「実践英語」を置き、将来、英語の文献を読み、英語で研究成果を発表することを見据えた授業を始めていた。当初は多読を中心に進めたが、文献を読む力に加えて、自分たちの研究を説明し、質問に答え、相手に伝わるように表現する力を育てる必要があった。そこで二〇〇九年度から、英語を表現と応答の手段として使うために、ディベートを取り入れた。
実践英語の内容は、英語科教員、ネイティブ教員、理科教員が協力して考えた。生命科学分野のテーマを設定し、生徒のコミュニケーション能力、論理的に説明する力、質疑応答に対応する力を育てるためである。理系の高校生が生命科学に関わる問題を英語で扱うには、英語表現に加えて、生命倫理、動物福祉、環境、医療などの内容を理解し、それを根拠として主張を組み立てる必要があった。
最初の英語ディベートでは、受精卵を扱った実験の是非が題材になった。この題材は、高校生が十分な事前学習を行うには難しく、生徒が自分の問題として引き受けやすい題材へと見直していった。次に取り上げられたのが、学校飼育動物の問題であった。小学校で動物を飼育することの是非を英語で討論するために、生徒は生命倫理や動物福祉について調べ、英語で主張し、反論し、質問に答える活動へつなげていった。
問田雅美先生の実践では、さらに、ペットの殺処分の問題が取り上げられた。生徒にとって身近でありながら社会性を持ち、生命倫理にも関わる題材であった。生徒は、肯定・否定の両面から意見を出し合い、参考文献を調べ、海外の状況を調査し、講演やインタビューを通して根拠を集めた。最初から立場を固定するのではなく、両方の立場から考えたうえでチームを分け、相手の主張に対する反論を準備していった。英語ディベートは、自分たちが調べたことを根拠にして、相手に伝え、質問に答える活動になっていった。
この実践は、英語科教員の研究としても深められていった。問田先生は、科研費奨励研究で二〇一一年度に「生命がテーマのディベート導入による『ツールとしての英語力育成』の指導内容と方法」、二〇一三年度に「生命をテーマとした英語ディベート指導のプログラムデザインとその有効活用」で採択され、生命を題材としたディベート教材と指導方法の開発に取り組んだ。
問田先生の実践で重要だったのは、英語を、学問としての英語や受験科目としての英語に閉じ込めなかったことである。生命科学コースの実践英語では、英語は、科学を学ぶための道具として位置づけられていた。将来、科学分野に進学すれば、研究室のゼミや学会のポスター発表などで、自分の考えや研究を人前で説明する機会がある。英語で発表を求められることもある。そのとき必要になるのは、英文を正しく作る力だけではなく、情報を集め、自分の意見を論理的に相手に伝え、相手の意見に的確に応答する力であった。問田先生は、その力を、科学分野の国際的な人材に求められる英語力として捉えていた。
そのため、実践英語では、英語ディベートが中心に置かれた。ディベートは、英語で話す練習にとどまらない。資料を読み、立場を考え、根拠を集め、相手に伝わるように表現し、反論を受けて応答する活動である。読む、調べる、異なる立場から考える、論理的に書く、効果的に話す、質問に応答するという複数の力が必要になる。生命科学コースの生徒にとって、それは、課題研究の発表や質疑応答に向かうための訓練でもあった。英語は、正解として提出するものではなく、自分たちの研究や考えを相手に届け、問い返され、さらに考え直すための道具になっていった。
二〇一三年度には、高校一年生用のテキスト Book 1 が作成された。生命科学コース二十名と文理コース選抜クラス二十一名が、このテキストを用いて授業を受けた。テキストは、英語ディベートへ向かう前段階として、アカデミックライティングを学び、倫理的な判断を求められる題材について書き、自分たちの考えを分かち合い、議論することを目指していた。問田先生は、三学年を同時に指導する中で、担当者が替わっても一定の指導ができるように、学年ごとのテキストを整えようとしていた。実践英語は、個々の教員の力量だけに頼る授業から、教材と段階的な指導計画を持つ科目へ進もうとしていた。
科学英語研究会では、この実践を公開授業として示した。二〇一〇年度には、生命科学コース二年生が、学校飼育動物をテーマにしたシナリオディベートを行った。二〇一一年度には、ペットの飼育免許をめぐる論題を扱い、生徒が資料をもとに立論、反論、質疑応答を行った。二〇一二年度には、実践英語のカリキュラムを改訂し、一年次からディベートの基礎を学び、二年次には生命科学に関わるテーマで英語討論を行い、三年次には自分たちの研究を英語で発表する流れがつくられていった。
さらに二〇一三年度の第5回SSH科学英語研究会では、NELPディベートと生命科学コースのディベート授業が公開され、研究協議が行われた。参加者は、英語教育関係者、SSH関係者、一般希望者を含む六十七名であった。実践英語は、清心女子の校内だけで閉じた取り組みではなく、科学英語教育を模索する他校の教員にも開かれた実践になっていた。
この流れの中で、英語は、生徒が自分の考えを相手に伝え、相手の意見を聞き、根拠をもって応答するための言葉へと変わっていった。プレゼンテーションは、自分たちの研究を整理して伝える力を育てる。ディベートは、相手の主張を聞き、その場で考え、反論し、質問に答える力を育てる。課題研究の発表でも、発表後の質疑応答やポスター発表での対話が、研究を深める重要な時間になる。実践英語は、そのような双方向のやり取りに耐えられる言葉を育てる科目として位置づいていった。
今日、AIが英文作成や翻訳を支援するようになったことで、この実践の意味はいっそう明確になる。英文を整える作業の一部は機械に任せることができる。しかし、相手が何を問うているのかを受け止め、自分のデータに戻って考え、根拠をもって返答し、その応答によって研究を修正することは、研究を行う本人にしかできない。清心女子の実践英語は、英語を正解として提出する科目ではなく、自分たちの研究を伝え、質問を受け、考え直すための言葉として位置づけようとしたのである。














