山川さんは、台湾で自然農法の先生のお宅を訪ね、そこで「一般に畑の野菜、ナスやトマトに虫がついて食べたりするけれども、何故だかわかりますか」と聞かれたそうです。
「それはその野菜が好きだからでしょう」と山川さんは答えました。
しかし、自然農法の先生は、そうではなく、虫が本当に好きなのは草だと言われました。
自然農法では、作物が育つ間は、自然に育ってくる草を刈らないそうで、作物と同じくらいに草が伸びると、虫はトマトやナスに見向きもせず、草を食べるそうです。
それを知らずに草を刈ってしまうから、虫は止むを得ず野菜を食べてしまうそうです。
しかも、虫の好みも様々で、種類によって草の好物が違い、したがって無駄な草は一つもないということだそうです。
山川さんは、この話を聞かれて、僧堂でも一般社会でも、人を指導する上では同じであると、目から鱗が落ちる思いでした。
自然では雑草や虫でも一つとして無駄なものはなく、「お前は気に入っているから、ここにいなさい」、「お前はこの場所に合わないから出ていけ」、といったような発想は、実はなにも育てていないということになると、おっしゃっておられます。
人生も同じで、苦しいこと、嫌なことがあったとしても、この出来事には、何か意味があると受け止めて、味わっていくことが大切とのことです。
禅の世界では、こういうことを「現成受用」というそうです。
現成とは自然がいつの間にか作り上げたもので、それは素直に受け入れるべきもので、排除すべきではないという教えだそうです。
生きていく上では、いろいろな出来事が起こります。
これはキリスト教や儒教にもあるそうですが、天はその人が担える試練しか与えない、十分耐えられるから、苦しみながら生きていられることができ、耐えられなければ、死んでいるはずであると、山川さんは言われます。
禅の発想とは、苦しい状況に遭遇したら、自分はそれだけで大きな人間だと考えて、黙って受け入れて前を向いていくことだそうです。














