この連載は、清心中学校清心女子高等学校 紀要 No.15 p29-33に掲載している教科では数学担当の橋岡源九郎「生命科学コースのホームルーム担任から始まった学び」を整理して紹介したものです。原文のダウンロードできます。
大学連携がもたらした「本物」との出会い
生命科学コースの学びは、水槽の前から始まりました。しかし、その視野はやがて校外へと広がっていきます。SSHの大きな特徴の一つが、大学との連携です。高校生でありながら、大学の研究室やフィールドに身を置き、専門家の指導を受ける。この経験は、生徒たちの世界の見え方を大きく変えました。
1年次に用意されていた大きな研修は二つありました。福山大学生命工学部と連携した「実験実習」と、鳥取大学農学部と連携した「蒜山環境学習」です。どちらも大学の施設で行われる本格的なプログラムでした。
福山大学での実習は年3回実施され、小グループに分かれて実験に取り組みます。大学の先生から目的や方法、注意事項の説明を受けたあと、生徒たちは実際に器具を操作し、データを取り、考察を行います。ここで強く印象に残っているのは、「まずやってみる」という姿勢でした。
教科書で理論を学び、それを再現するという従来型の学習とは異なります。未知の操作、見慣れない機器、理解が追いつかない専門用語。戸惑いながらも、大学院生の助けを借り、必死に食らいついていく姿がありました。知識が足りないことを自覚しながらも、「もっと知りたい」と思う。その内側から湧き上がる欲求こそが、本物に触れた証でした。
アンケートでは多くの生徒が「大学での学びのイメージが湧いた」「科学がより身近に感じられた」と答えました。これは単なる体験学習の満足度ではありません。自分の未来が具体的な像を結び始めた瞬間だったのです。
一方、蒜山環境学習は、さらに異質な体験でした。岡山県北部のフィールドサイエンスセンターに4泊5日で宿泊し、森林生態に関するデータを収集・分析します。掃除、洗濯、食事の準備も自分たちで行う。快適な教室環境とはまったく異なる生活空間です。
研修の初日、不安や不満を口にする生徒もいました。慣れない宿泊生活、虫の多い森の中での活動、限られた時間の中での役割分担。しかし数日が経つと、その表情は変わっていきました。
自分が動かなければ何も進まない。データは自然に集まらない。協力しなければ生活も成り立たない。その現実の中で、生徒一人ひとりが自分の役割を理解し始めました。森林内での測定方法を学び、実際にデータを取り、夜には分析を行う。5日間の流れは、「知識の習得」→「データ収集」→「分析」という科学の基本構造を身体で理解させるものでした。
印象的だったのは、研修後のアンケートで90%以上の生徒が高い満足を示したことです。不安から始まり、充実感で終わる。この振れ幅こそが、成長の証でした。また、この宿泊研修はクラスの一体感を強める役割も果たしました。共に困難を経験することが、見えない結束を生むのです。
これら二つの大学連携プログラムに共通していたのは、「本物」との出会いでした。本物の研究環境、本物の研究者、本物の自然。本物は、甘くありません。しかしだからこそ、生徒の中に残ります。
担任として帯同しながら、私はある変化に気づきました。生徒の問いの質が変わっていったのです。以前は「正解は何ですか」という問いが多かったのに対し、研修後は「なぜこうなるのか」「他の場合はどうか」といった、広がりを持つ問いが増えていきました。
SSHが目指していたのは、知識量の増加ではありません。問いを立て続ける姿勢の育成です。その芽が、この大学連携の場で確実に育ち始めていました。
さらに重要だったのは、「体験→整理→発表」という流れです。研修の成果は「生命科学基礎」の授業内でまとめ、発表されました。体験を言語化し、他者に伝えることで初めて学びは定着します。この構造が、2年次の課題研究へと自然につながっていきました。
水槽の前で育まれた観察力は、大学での実習で視野を広げ、フィールドでの実習で構造化される。SSHは、断片的なイベントではなく、連続した学習設計であったことを実感しました。
担任という立場から見えるSSHは、制度の枠組みよりも「経験の連鎖」です。小さな責任から始まり、本物に触れ、自分の未来を考え始める。その積み重ねが、生徒の根を太くしていきました。
【追加の説明】
現在、有尾類研究所がナショナルバイオリソースや大学研究室と連携しながら探究を行っている構造は、この経験の延長線上にあります。次回は、その根がさらに試される2年次の課題研究について振り返ります。自らテーマを選び、放課後まで研究に向き合う日々。協働と葛藤の中で、生徒たちはどのように変化していったのかを描いていきます。















