この連載は、清心中学校清心女子高等学校 紀要 No.15 p29-33に掲載している教科では数学担当の橋岡源九郎先生の論文「生命科学コースのホームルーム担任から始まった学び」を整理して紹介したものです。原文のダウンロードできます。
課題研究は「人格形成」でもある
2年生になると、生命科学コースの学びは新たな段階に入ります。本格的な「課題研究」の始まりです。時間割の中には「生命科学課題研究」が週2時間組み込まれますが、実際にはその枠に収まることはありません。放課後も、時には休日も、研究は続きました。
1年次に経験した「体験→整理→発表」の流れは、この段階で一気に深化します。自分たちでテーマを選び、仮説を立て、実験や調査を行い、データを集め、考察し、発表する。誰かが用意した問いではなく、自ら立てた問いに向き合うのです。
ここからが、本当の試練でした。
研究は思い通りには進みません。思ったような結果が出ない。データがばらつく。実験条件が安定しない。議論がかみ合わない。部活動との両立に悩む生徒もいました。グループ内での役割分担が偏り、衝突が起こることもありました。
しかし、生命科学コースには一つの強みがありました。1年次からほぼ同じメンバーで過ごしてきたという時間の蓄積です。イモリやサンショウウオの世話を通して築かれたチームワークが、ここで生きてきました。
ある生徒が部活動で遅れると、他の生徒が自然に補う。実験が長引けば、残れる者が残る。誰かが落ち込んでいれば、別の誰かが声をかける。担任として見守りながら、私は「協働」とは教えるものではなく、時間と経験の中で育つものなのだと実感しました。
さらに、2年生になると新入生が入学してきます。イモリとサンショウウオの水替えや餌やりを、今度は自分たちが後輩に教える立場になります。作業手順を分かりやすく掲示し、実演し、注意点を説明する。その姿は、1年前の自分たちとは明らかに違っていました。
教えることは、理解の最終段階です。自分が体験したことを構造化し、言葉にして他者に伝える。その過程で、自らの学びも整理されていきます。縦のつながりが生まれ、コース全体に学びの文化が形成されていきました。
研究が進むにつれて、校外発表の機会も増えていきました。専門家の前での発表、他校生との交流、厳しい質問。準備期間には、ポスターやスライドを何度も修正し、下校時間ぎりぎりまで発表練習を繰り返しました。
発表は緊張の連続でした。しかし、外部からの助言や批評は、研究を一段深める契機にもなりました。研究を「やっているつもり」から、「伝わる形」に磨き上げる。ここで初めて、生徒たちは自分の研究を客観視することを学びました。
アンケートでは、多くの生徒が「研究分野への理解が深まった」「科学への興味が増した」と答えました。一方で、「プレゼンテーション力が十分でない」と感じる声も少なくありませんでした。伝えることの難しさに直面したのです。
4期生を担任したとき、私はこの課題を意識的に取り上げました。終礼の時間を使い、1分間スピーチを継続的に行いました。最近のニュース、自分の考え、身近な疑問。短時間で要点を整理し、相手に伝える訓練です。小さな積み重ねでしたが、人前で話すことへの抵抗は確実に減っていきました。
課題研究は、知識や技術を身につける場であると同時に、自立の訓練でもあります。自分の問いに責任を持ち、失敗を引き受け、仲間と協働し、他者に伝える。その一連の営みは、大学進学後にも、社会に出てからも必要な力です。
担任として印象に残っているのは、生徒の表情の変化です。1年次のあどけなさは次第に薄れ、自分の研究を語るときの眼差しには確かな自信が宿るようになりました。成功体験だけでなく、行き詰まりや葛藤を乗り越えた経験が、その内面を支えていました。
SSHの成果は、受賞歴や数値で語られることが多いかもしれません。しかし、担任として日々接してきた私にとっての成果は、もっと静かなものです。放課後の教室で、誰に言われるでもなく実験を続ける姿。後輩に丁寧に説明する姿。自分の言葉で研究を語ろうとする姿。その一つ一つが、人格の形成そのものでした。
課題研究は、確かに負荷の大きい活動です。しかし、その負荷こそが、生徒の根をさらに深く張らせました。
【追加の説明】
この経験は、有尾類研究所でのイベリアトゲイモリ繁殖研究や高校生主体の生殖行動解析へと確実につながっています。次回は、2年次に行われた学校設定科目「生命」の授業について振り返ります。科学の学びと「どのように生きるか」という問いが交差するこの授業は、SSHのもう一つの核心でした。















